秀一さんが病室を出て扉が締り、私は口角を上げてキュラソーを見る。瞬間、彼女の表情が変化した。
「で、誰が記憶喪失だって?」
「あら、言い出したのは貴方でしょう」
「いやまさかここまで信じられるとは思ってなかった。演技派だね」
やってみるものだね。そう言いながら笑えば、キュラソーは呆れたように息を吐いた。まぁ、呆れてはいるのだろうけれど。
「それで?私はこのまま記憶喪失のフリをして組織については黙りでいいのかしら?」
「ん。ここで組織に関して情報が漏れると困るのよね」
「貴方、どっちの味方なのよ」
「私は、秀一さんだけの味方だよ」
私の世界の中心は、秀一さんだ。突然ひとりになった世界で、一番最初に私に手を差し伸べてくれた人。病んでるだとか、重いだとか、そんなことは自分が一番分かっている。それでも、私はこの気持ちを消すつもりなんてない。
「あの男の味方なら、それこそ私に情報を吐き出させた方がいいんじゃないかしら?」
「そうねぇ…。でも、今はその時じゃない。物事には順序ってものがあるでしょう?」
「順序、ね…」
イマイチ彼女は納得が出来ていないようだけれど、それもそうだ。貴方は元々あの時死ぬ人間で、私はこの世界ではイレギュラーで、死ぬべき人間だった人から情報を得て歯車が狂えば私が知る未来と異なってしまうからこの先どうなるか分からない、なんて言えるわけがない。にわかには信じられない話だ。
「にしても、ライに恋人がいるとは思わなかったわ」
「いい男でしょ?」
「そうね。独占欲強そう」
「それは否定しない」
どちらかと言えば、秀一さんは独占欲が強い方に入る気はしている。総司のときもそうだったし、ハロウィンパーティーのときだって行かせたくなさそうにはしていた。私が何をするか分からない、という心配もあるみたいだけれど。
でも私もそういうことかあるのかどうかは別として秀一さんが仕事上で女の人とやたらとくっついていたりするのは嫌だから、お互い様だろう。秀一さんはともかく、私はどちらかといえば秀一さんに依存しているのだから。
「それで、証人保護プログラムは受けるの?」
「えぇ。受ける、というよりは受けなきゃいけない、って感じね」
「だよねぇ…。うーん、受けちゃったらこうして話せなくもなるのかな…」
「可能性はあると思うわよ。詳しいことは聞いてないから分からないけれど」
「えー…。じゃあお姉さんちょっと私と籍でも入れよ?私今なら未婚だよ」
「それはちょっと……」
ライを敵にしたくないわ。そう言って眉根を寄せるキュラソーは多分半分ぐらいは本気なのだろう。うん、私も秀一さんに恋愛感情が無かったとしても敵にしたくない。
「折角仲良くなれたのになー…。ここまでズバズバ言えるの貴方ぐらいだもん」
「貴方そんなに友達いないの?学生でしょう」
「うわぁ容赦無い」
友達が少ないことに関して否定が出来ないのが悲しいところ。中身が女子高生じゃないからノリが違うだけだ。
そんなこんなで話をしていると、秀一さんが戻ってきて。その瞬間にキュラソーの雰囲気がガラッと変わるのが少しだけ面白くて笑うと彼女がわざとらしくどうかしました?なんて尋ねてくるのがおかしくて必死に笑いそうになるのを堪える。多分飲み物を飲んでるときだったら吹いてただろう。
「そろそろ時間だ、帰るぞ」
「はーい。じゃあ、もしまた来れたら来ます。関係者じゃないから絶対とは言えないですけど…」
「有難う、貴方と話せて楽しかった」
「私もです」
ホントにキュラソー演技上手いな、と内心思いつつお互いに笑って手を振る。そんなに仲良くなったのか、と部屋を出た瞬間に口角を上げた秀一さんが尋ねる。
「女の子同士の秘密です」
「女の子、な」
「何か言いたげですね」
「そんな年でもないだろう」
「まだ女子高生だもん」
普通の女子高生は拳銃なんて所持してないぞ。独り言のように呟かれたその言葉は、聞こえないフリをすることにした。
2016.08.09
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