Departure

気付けばマナは山の中の家に帰っていた。家の中は静まり返っている。どこからか木管楽器のような(実際に音色を聴いたことはないが)梟の鳴き声が聞こえてきた。閉まっているカーテンの裾から外を除けば、辺りはすっかり真っ暗だ。山の中だからか、陽が落ちるのは街中よりも随分早い。マナがいないにも関わらず部屋の電気が付いていたのは、きっとジェームズとリリーの計らいだろう。2人は既に寝ているのか分からないが、どちらにせよ迷惑をかけたに違いない。

「マナ!」
「! リリー!」

マナは顔をこれでもかという程ぱっと輝かせ、リリーの元へと駆け寄った。

「ごめんなさい、起こしちゃった?」
「いいえ、大丈夫よ」
「それなら良かった。ジェームズは?」
「ここだよ、お嬢さん」

リリーに抱きつこうとしたマナだったが、荷物が邪魔で(当たり前だ。大鍋や教科書がたんまりとあるのだから)抱きつけずにいると、後ろからリリーの腰に手を回したジェームズがひょこっと顔を出した。

「おかえり、マナ」
「ただいま、ジェームズ!」
「初めての"外"、ダイアゴン横丁はどうだった?」

ジェームズはひょいとマナの荷物を受け取ると、あれ程までに優美が苦労して持ち歩いていた教科書類を軽々とテーブルの上に並べた。

「人がたくさんいたよ!」

マナの無邪気な答えにジェームズは苦笑した。たしかに自分とリリー(あと極たまーに出てくるロックウェルとかいう老人)以外に人と接することのなかったマナにとって、人がたくさんいるというのは衝撃だっただろう。

「あと、子供のジェームズにそっくりな男の子に会ったの」
「へえ、僕に似てる?」

ジェームズは魔法で教科書を本棚へと閉まった。マナはそれを真似して杖(昔から家にあった使い古された杖だ。マナが幼い頃から使っている)で大鍋や真鍮計りなどを戸棚へとしまった。

「マナ、あなたもう浮遊魔法使えるの?」
「うん、ジェームズに教えてもらった」

リリーはそれを聞いて目尻をきゅっと細めた。

「ジェームズ!未成年の魔法の使用は……」
「分かってるよ、けどここは"ユーリの家"だ。流石の魔法省も探知は出来ないさ」

リリーは何かを言いたそうにしていたが、しばらくしてはあ、とため息をついた。そんなリリーを見てジェームズは「愛してるよ」と惜しみもなくキスするのだった。









「マナ、ああ、本当に大丈夫かしら?羽ペンは?ローブは?ああ!杖もよ!」
「リリー、大丈夫だよ。全部持ってる」

入学式当日、とうとうこの家を離れる時が来た。朝早く起きて昨日詰めた荷物を、今度は魔法を使わず手と目で一つずつ確認していく。

「いい?わかってる?知らない人にはついていかないこと、学校外では魔法を使わないこと、それからーー」
「脳みそを持たないのに喋るものには近づかないこと。そんなに心配しなくても、ノエルがいるんだから大丈夫だよ」

マナの足元には1匹の黒猫が寝そべっていた。今は閉じていて見えないが、綺麗な灰色の瞳を持ち、毛並みは飼い猫のように絹のような光沢を持っている。昔から何かとこの家に出没する、マナの唯一の友達だ。
マナはしゃがんで猫の脇腹を撫でた。

「あら、結局連れてくことにしたの?」
「うん。ノエルにとっては山で狩りをした方がきっと良いと思ったんだけど、ノエルがいいよって言ってくれたから」

ね、ノエル。マナが猫の顎の下を撫でると、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。

「それにノエルは強いし頭も良いからきっと大丈夫。この前なんかイノシシを狩ったんだもの!ーーーそれより、ジェームズは?」

マナは辺りを見回した。いつもなら騒がしいジェームズが、どこにも見当たらないのだ。

「ああ、ジェームズならーーー」
「僕ならここだよ」

いつもながら、ジェームズがリリーの背後から顔を出した。

「マナにこれを渡そうと思って。ーー天才ことジェームズのとっておき呪文集と薬の調合法さ。既にたくさんの呪文を知ってるマナには無駄かもしれないけど」
「うそ、ジェームズ、ありがとう」

マナは顔が綻ぶのを隠さず、ジェームズから貰った羊皮紙をパラパラと捲った。すると、マナの顔は途端に笑顔のまま固まった。


「ーーーあべこべ薬にホラ吹き呪文、人面魚になる薬まで…これ全部悪戯魔法じゃない!」
「まあ、そんなに怒らないでよ。もしかしたら…何かの役に立つかもしれないし。ほら、友達だって出来るかもしれない」
「悪戯好きの友達がね」
「最高じゃないか!僕たちは悪戯で最高に最高な学生時代を過ごしたんだ」

ジェームズに悪戯されるなんて…。マナは見たこともない(多分一生知ることもないだろう)ジェームズに悪戯をされた人物に深く同情した。マナもこの10年とちょっと、様々な角度からジェームズにいじめられていたが、その苦労は嫌でも分かっている。

「ああ、マナ、ジェームズも。もう時間になるわ。名残惜しいけれど……マナ、元気でね」
「うん、リリーも」
「ホグワーツは最高な場所だ。きっとマナにとってもーーまあ、最も最高なのはグリフィンドールだけどーー最高な日々になるだろう。マナ………くれぐれも短いスカートは履いちゃダメだーーイテッ!」

真面目な顔で言うジェームズの背後から、パン!という音がした。恐らくーーと言うより確信を持ってーーリリーに間違いなかった。マナはいつも通り変わらない2人を見て、なんだか嬉しくなる。
手に持っていたグラス型のポートキーが震える。どこに繋がっているかは分からないが、マグルのいないキングスクロス駅のどこかに繋がっているという。マナはホグワーツに行けることをとても楽しみにしてたが、いざ行くとなった時、全く環境の違う地に飛び込むことの不安と、暫くもうこの家には帰ってこれないのだと思うと、急に泣きそうになった。

「ジェームズ、リリー、私…」
「大丈夫よ」
「マナはきっと最高の魔女になるさ。ユーリを超えてね」

マナはポートキーを持ったまま、2人にギュッと抱きついた。ノエルは眠たそうにマナの足元に絡まる。

「2人共……今まで本当にありがとう。私、最高の魔女になるね!」

ポートキーが一段と激しく震える。マナは2人と抱き合ったまま、キングスクロス駅へと旅立った。