King's cross station


マナが着いた先はキングスクロス駅の公衆便所の掃除用具入れだった。確かに人目につかない場所ではあるが、それにしてもせまい上に長い間そのままであろう腐った水の匂いのするモップに囲まれるのは、いくら何でも酷すぎる。
なんとか公衆便所を後にしーーー大荷物を引いて掃除用具室から出たマナを見たマグルは目をひん剥いていたーーー無事プラットホームまで辿り着いたはいいものの、ここからさあどうやってホグワーツ特急に乗るべきか、9と3/4番線という場所をマナは中々見つけられないでいた。

「ノエル、どうしよう……」

一緒に連れて来た猫のノエルに聞いても、ノエルは山とは違う街の匂いに当てられたのか荷物を乗せたカートの中で丸まって反応しない。いよいよピンチだ。

(どうしよう、時間がないーー!)

ホグワーツ行きの列車があと十分で出てしまう。マナは何もかもすっかり投げ出してしまいそうになって、自分を奮い立たせた。こういう時こそ周りを見て、冷静に考えなきゃ。何か解決策がきっとあるはず。
……そういえば、他のホグワーツの生徒はどうしているのだろう。列車に乗るということは、自分1人だけがこの方法で学校に行くわけはない。当然マグル出身の魔法使いはいるだろうし、そういう人は尚更この駅を利用するはずだ。そこまで考えて、マナはもう一度周り見回して、ーーー見つけた。
自分と同じようにあり得ないほど大荷物を持っていて、9番線と10番線の間で途方に暮れている人物ーーーハリーだった。


「ハリー!」


マナはここぞとばかりにハリーの名前を呼んだ。これで一件落着、のはずだった。しかし、なんとハリーはこちらに気付かずにどんどんと離れて行くのだ。マナは慌ててカートを持ち直して、ハリーを見失わないように追いかけた。

一瞬見失ったハリーを再び見つけたとき、ハリーは目を瞑って9番線と10番線の間の瓦礫の壁に猛突進しているところだった。ぶつかる!マナは思わず声をあげそうになった。しかし驚くことにハリーは壁を通り抜けていくではないか!


「えっ……え!?」


するともう1人、赤毛の背の高い男の子が同じく壁を通り抜けていく。それを見てマナは漸く、ここが"9と3/4番線"なのだと気付いた。見ていた限り、特に何かしている様子はなかったから、恐らく通るだけでいいのだろう。マナが恐る恐る"9と3/4番線"へと近づくと、その様子に気付いたふっくらとしたおばさんがーー赤毛の男の子のお母さんが、マナに声をかけた。


「壁を通るには、怖がらないことが大切よ。壁に向かってまっすぐに……そう、そのまま、怖かったら少し走るといいわ」


おばさんの言う通りに、壁に向かって小走りに進む。先ほどハリーたちが通り抜けたのを目の当たりにしても、やはりどこか壁にぶつかるのではないかと言う不安が残るものだ。マナはハリーがやっていたように、目を瞑って壁に猛突進した。……するとしばらくしても衝撃が来ない。薄っすらと目を開けると、なるほどどうして、マナは壁を通り抜けて、紅色の蒸気機関車が停車するプラットホームにいた。


「うわあ……!」


感激のあまり思わず声が漏れる。列車には既にたくさんの生徒が座っているのが見え、出発間際なのにも関わらず、ホーム内は家族と別れの挨拶をしている人たちでごった返していた。その中には、先ほど見かけた赤毛の大家族もいる。


「すごいねえ、ノエル!」


ノエルは片目だけを開け周りの様子を見ると、また興味ないように眠り始めてしまった。話し相手がこれでは寂しい者だ。実際マナの周りには家族が見送りに来ている生徒たちばかりで、皆今生の別れのように抱き合ったり手を振ったりしている。マナは少しだけそんな家族を羨ましいなあと思って、それから人混みをかき分け列車へと乗った。よし、これで乗り遅れることはない。ひとまず安心だ。
重いトランクを引きずりながら(まさに引きずると言う表現がぴったりだった)奥へと進んでいくと、進んでも進んでも空いてるコンパートメントはない。所々人数が少ないコンパートメントがあったが、全員上級生ばかりだったりと、中々マナが座れそうなコンパートメントはなかった。(途中、マルフォイのいるコンパートメントを見つけたが、彼の周りにはベッタリと人が集まっていた。)

ガタン、と車体が揺れ列車が走り出した。


「おっと、」
「わっ…、ごめんなさい」
「平気さ。それよりも大丈夫か?」

転びそうになったマナを支えてくれたのは、赤毛で背の高い男の子だった。先ほど見かけた赤毛の大家族のうちの1人だろうか、顔はよく見てなかったが、その燃えるような赤毛はマナの印象に強く残っていた。

「うん、へいき。ありがとう」
「コンパートメントがないのか?」

反対の方向から同じ声が聞こえ、振り返ると同じ赤毛で同じ顔をした男の子がいる。マナは思わずもう一度最初の方を見て、同じ顔が二つあることを確認した。

「ああ、僕たち双子なんだ。僕はフレッド・ウィーズリー」
「僕はジョージ。君のそのネクタイは新入生だろ?」

混乱したマナを見兼ねた双子の片方が自己紹介をした。続いてもう片方が自己紹介をしたので、マナも続けて自己紹介をした。

「こんにちは、フレッドにジョージ。私はマナ・クレイシア」
「「よろしく」」
「コンパートメントならあっちだぜ」
「僕たちの弟がいる」
「あのハリー・ポッターもご一緒にね」
「良かったら案内するよ」


まるで口裏を合わせているかのようにテンポよく進む会話に、さすが双子だと感心する。マナはそろそろトランクを引きずる腕が千切れそうだったので、好意に甘えて連れてって貰うことにした。

「ここさ」
「おい、ロン。女の子1人入れていいか?」

双子がコンパートメントの戸を開けてそう尋ねると、中から男の子の声が聞こえた。

「女の子?僕は、別に……ハリーさえ良ければ」

コンパートメントの中にいる赤毛の男の子ーー双子がロンと呼んでいたーーが向かい側の席の男の子をチラリと見ると、ハリーと呼ばれたはこくりとうなづいた。双子はそれを見て、マナのトランクを客室の隅に収めてくれた。

「ありがとう」
「どうってことないさ」
「じゃ、また後でな」

双子はマナに人のいい笑顔を浮かべた後、列車の真ん中の方へと向かって歩いていった。すると、今度はコンパートメントの中から何だかじっと見られていることに気付いた。

「あ、ごめんなさい。お邪魔してもいいかな」
「勿論」

ハリーが言った。

「君、ダイアゴン横丁にいた人だ」
「っ!うん!覚えててくれたのっ?」

マナは一目見た時から、彼がマダムマルキンの洋装店で出会ったハリーだと分かっていたが、相手が自分のことを覚えているとは思わなかったので、思わず破顔した。

「ハリー、だよね?この間は人間違いしてごめんなさい。でも、また会えて嬉しい、な」

照れたマナがちらりとハリーの方を除くと、それに気付いたハリーはにこりと笑った。

「君たち知り合いなの?」

ロンが驚くようにマナとハリーを交互に見つめた。

「ダイアゴン横丁で一回会っただけだよ」

マナがそう言うとロンは納得するようにふーんと呟いた。

「僕、ロン・ウィーズリー。知ってると思うけど…さっきの双子の弟なんだ」
「僕は…ハリー・ポッター」

ハリーは自分で名乗った後、そういえば自分は相手の名前を知らないことに気付いた。

「そういえば、君、名前は?」
「私はマナ・クレイシア。よろしくね、ロン、ハリー」

「嘘だろ?」ロンはマナの様子を見て驚愕した。

「君、ハリー・ポッターと聞いて驚かないの?」
「なんで?」

今度はマナが質問する番だった。

「なんでだって?君、もしかしてマグルの出身か何か?」
「ううん、母親は魔女だよ。でも、わたしずっと山に住んでたから、えーと……そう、"世間知らず"なの。ハリーのことは少しだけ聞いたことあるけど……本当にすこーしだけ」

だから、本当に何も知らないんだ、マナは申し訳なさそうにハリーの方を見た。だがハリーは、そんなマナの様子に少しだけ安堵したようだった。

それから3人は、お互いのことについて喋った。と言っても、ハリーはハリーのことについて何も知らなかったし、マナは母親が魔女ということと、猫のノエルの紹介以外これといって話すこともないので、ほとんどはロンが自分の家族のことについて話していた。
同年代の男の子と話すのはこれが初めてではないが(ご存知の通り初めての話し相手はドラコ・マルフォイである)、しかしやはりマナは幾分か緊張した。
ロンが大家族に対するコンプレックスを話すのに対し、ハリーはそれとなくフォローをするが、マナは口を挟むこともせず、一貫して聞き役に徹していた。
ハリーが一回だけ『例のあの人』の名前を口にしたときも、ロンは相当興奮していたが、マナにはヴォルなんとかやら例の誰それやらーーーとにかくさっぱり分からなかったので、やはり口を挟むことはしなかった。
ノエルが少しだけ、耳をピクリと動かしていた。