Hogwarts express 5972

ぎゃっ、と誰かの叫び声が聞こえたような気がした。続けてガタン、と一際大きな音も。
マナははっと目を覚ました。ぼうっとする寝ぼけ頭で今ここがホグワーツ特急の中であることを思い出す。そうだ、自分はロンとハリーとお話をしていてーーどうやら途中でうたた寝してしまったらしい。二人に申し訳なかったなと向かい側のロンとハリーを見やると、不思議なことにプラチナブロンドの髪をオールバックにしてプライド高く胸を張っているドラコ・マルフォイが扉のところにいるではないか。マナはまだ寝惚けているのかともう一度目をこすり確かめるが、どうやら本物のマルフォイのようだった。
しかし、その顔はどうやら紅く染まっているようだ。


「ド、」


ドラコ、と声をかけようとして、それは叶わなかった。
マルフォイと一緒にいる大柄な男の子が腕を振り回して、窓に何かを投げつけたからだ。ギャンと甲高い鳴き声を鳴らし、薄汚れた白い何かが床にぼとりと落ちる。ロンのスキャバーズだ。

いきなりのことにマナは口をキュッと結んで目をまん丸く見開いた。

「お前もこんな下賤とつき合うな、この世間知らず!」

マルフォイが急に早口でそう捲し立てたかと思うと、マナの腕を強引に引っ張った。マナは驚いて固まることしか出来ない。

「え、え?」

そのまま引きずられるようにハリー達のコンパートメントから足早に立ち去って行く。急な出来事に驚いたマナは、止めようとしたハリーとロンの様子に気付かないまま連れられるしかなかった。

「ね、ねえ、ドラコ、痛い、痛いってば」

急になんだって言うのだ。叫び声と大きな音に目を覚ましたら、いないはずのドラコがいるやら目の前を鼠が飛んでいくやら、それに急にどこかに連れ去られようとしている。

「ドラコ、わたし戻らなきゃ」
「戻るだって?」

今まで黙っていたドラコが俊敏に反応した。

「あの下等な連中のところにか?」
「でもハリーもロンも純潔だよ」
「フン、確かにマグルよりはマシだが」

マルフォイはせせら笑った。

「ウィーズリーは名家の恥晒しで忌むべき存在だと父上が言ってた。それに貧乏だし、ポッターもこの僕よりあんな奴と一緒にいるなんて英雄と言えども頭は良くないみたいだ」

マナは何故か、ジェームズにからかわれた時や自分の思い通りにならない時に感じるのと同じような、楽しくない気分に陥った。今の状況はそのどれらにも当てはまらないというのに、おかしなことだ。

「…じゃあ、わたしも戻る」
「なに?」

変な気分に首を傾げながらも、思わず出た自分の声音はやはり少し不機嫌だ。

「わたしは英雄でも名家の生まれでもないもん」
「そうだな。その世間知らずからして純血かどうかも怪しいところだ」

マルフォイは嫌そうに顔を顰めると、忌々しそうにマナの方を一瞥した。彼の純血主義は折り紙つきらしい。

「だが僕は父上から……、」

そこまで言ってマルフォイは言い淀んだ。

「ミスターマルフォイがどうしたの?」
「なんでもない。君もあのポッターのように僕の誘いを蹴るのか?君は世間知らずだけでなく頭も悪いな。精々下等な連中共と一緒に楽しくやってるがいいさ」

そう吐き捨てるように言うと強く握っていたマナの腕を乱暴に離した。そして颯爽と去っていくマルフォイの手を、今度はマナが掴んだ。

「……離せ」

その顔は戸惑いながらも不機嫌なままだ。

「誘ってくれてありがとう!でも、ハリーもロンも良い人達だよ」

マルフォイの顔が余計険しくなった。マナは慌てて付け加えた。

「ドラコが嫌なわけじゃないの、むしろわたしのこと誘ってくれてとってもうれしい。ホグワーツでも仲良くしてくれる?」

恐る恐るマルフォイを見やる。するとその顔は少し機嫌を取り戻したようで、でもやはり難しそうにしていた。

「……気が向いたらな」

マルフォイの返答にマナの顔はぱあっと明るくなった。正直なところ、初めて出会った同年代の子であるマルフォイに嫌われてしまうかと冷や冷やしたのだ。マナはにこにことしながらマルフォイの手を放した。

「やくそくね!じゃあまたホグワーツで」

そう言うとマナはパタパタと通路をかけていった。早速マルフォイが言う下等な連中、ハリー達の元へと戻っていったらしい。
通路の真ん中でポツンと残されたマルフォイは、苦々しく息を吐き出した。

「父上はどうしてアイツと仲良くするようになどと……」

マルフォイは先ほどまでマナによって掴まれていた自身の掌を見つめ、またひとつ溜息をつくのだった。