Hogwarts castle

「マナ!」

少し息切れをしながらコンパートメントのドアを開けると、二人が驚きながら声をあげた。その顔は驚きと心配、そして不安が少し浮かんだいる。

「マナ、大丈夫だった?」
「うん、二人ともごめんなさい」
「君、マルフォイとどんな関係なの?」

尋ねてきたロンの顔には不信感が漂っていた。マナは先ほどマルフォイがウィーズリー家に対して言っていたことを思い出す。どうやら二人はあんまり仲が良くなさそうだ、とマナは頭の隅にメモをした。

「うーん、ダイアゴン横丁で初めて会った男の子だよ。何も知らないところをマルフォイ一家が色々と面倒見てくれたの」
「面倒?まさか!」

ロンが絶叫した。ハリーは実はマダムマルキンの洋装店でマナがマルフォイに連れられていくのを見ていたので、あまり不思議には思わなかった。

「あの一家が誰かに優しくするなんて考えられないよ!もしかして名家か何か?」
「よく分からないけど」

マナは本当に分からなかった。マルフォイ家の純血主義は先程も身に染みて伝わったばかりだ。マナは小声で呟いた。「ドラコ、そんなに悪い人に思えないけど」こればかりは今まで黙っていたハリーも口をあんぐりとさせた。

「じゃあそのまま行けば良かったじゃないか。僕らのことなんかほっといて」

ロンはご立腹のようだった。マナはロンの様子に傷付いたようで、申し訳なさそうに俯いた。それを見たハリーがロンを肘で突いた。「それで、マルフォイはどうしたの?」ハリーが戸惑いつつも優しく尋ねた。

「彼のコンパートメントに誘われたけど、断ってきたの。二人ともっとお話ししたかったし……」

マナは殆ど泣きそうだった。「ごめんなさい」ロンはいよいよ狼狽えた。ハリーに視線で訴えかけられ、マナの不安そうな顔に根負けしたロンは渋々頷いた。

「君って、いい奴だな」

その言葉がなんだか面白くて、マナとハリーは少しだけ吹き出してしまった。「な、なんだよ」慌てるロンが更に面白くて、先ほどの雰囲気はどこかへ行ってしまったかのようにコンパートメントは笑いに包まれた。

「そういえば、二人とも格好がーー」

マナが言いかけた時、急に車内に響き渡る声が聞こえた。

「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」

その声にマナ以外の二人は慌てた。

「マナ、君まだローブに着替えてないじゃないか!」

ハリーの声にハッとしたマナは、急いでローブに着替えようとした。「マナ!」二人の咎める声が聞こえた。「ここで着替えないでよ!」マナは首を傾げた。

「どうして?」
「君ってやつは…世間知らずどころじゃないよ!」

ロンが顔を赤らめながら言った。

「取り敢えず僕たちが出てから着替えるんだ。いいね?」

マナは訳もわからず頷いた。











もう完全に日が落ち、夜についたプラットホームは暗く冷たい。しかし山での生活に慣れているマナは、その不気味な暗さが懐かしくも感じた。大きな(本当に大きな)もじゃもじゃの男が訛った英語を話しながら山道を案内していく。険しく狭い夜の小道に殆どの一年生が苦労していたが、マナは慣れたように軽快に足を進めていた。

「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」

角を曲がった先に見えた景色に、マナは驚きの声をあげそうになった。実際、殆どの生徒が歓声を上げていた。
まるで本の中にあるような、歴史の壮大な旧城を思わせる、威厳が満ちてそしてどこか浮世を感じさせる建物がそこにはあった。城下には高い山が聳え立っている。マナの足元に広がる真っ黒な湖には、ホグワーツ城に灯る塔の灯りが反射してきらきらと輝いていて、マナは見たこともない絶景を目に焼き付けようと一心に見つめた。

「おい、」

佇んでいたマナに声をかけたマルフォイは、振り返ったマナを見て、全身が硬直した。その姿に内臓がぐっと掴まれたような感覚に陥った。

彼女は先程とは違い真っ黒なローブに身を包まれていた。ネクタイもまだ黒く、ローブは少し大きめなのか小柄なマナの体躯をすっかりと覆い隠しているーーが、ローブから覗く細い首に、暗闇に散らばる銀糸のような髪の毛。薄紅色の瞳の上にかぶさる睫毛でさえ、白く透き通り、真冬の渓流のように冷たく輝く。
恐ろしく黒の似合うマナは、ホグワーツの幻想的な景色の中に驚くほど溶け込んでいた。彼女はここに存在していないのではないかとさえマルフォイが思えるほどだった。それほどまでにそれは酷くーー儚かった。

「ドラコ?どうしたの?」
「、」

マナの子供っぽい声に、マルフォイはようやく自分の内臓が身体に戻ってきたように感じた。心臓の音が耳元で鳴っているのが分かる。マルフォイはいくらか動揺してーー顔を顰めた。

「いつまでそこにいるんだ、置いてかれたいのか?」
「ええっ、…ほんとだ!わたし先頭だったのに!」

マナが慌てる様子を、マルフォイは苦虫を噛み潰したような顔でずっと眺めていた。


ボートに乗った時もマナはずっと周りの景色を見渡していた。"外"に出るのはマナにとって2回目だ。1回目は人が多く行き交う賑やかなダイアゴン横丁。
マナは大自然には慣れていたが、それでも実際にこんな湖や険しい山々、もちろん石造りの旧城を見るのは初めてだった。湖の中には様々な生き物が住まうと本には書いてあった。一体何がいるんだろうーーボートから身を乗り出して湖へと手を伸ばすと、後ろから咎める声が聞こえた。

「早く戻らないとぶつかるよ」
「え?」

「頭、下げぇー!」

誰かの忠告の後、その言葉通り毛むくじゃらの男の大きい声が聞こえた。見るとすぐ眼前に蔦がひしめき合って崖から垂れ下がっている。マナは音が聞こえる勢いでバッと腰を屈めた。そっと周りを除くとボートは崖の入口へと進み、城の真下と思われるくらいトンネルを進んで行く。そしてちらりと声の方を見ると、物静かそうな男の子が興味ないように頬杖をついていた。

「あの、ありがとう」

マナが男の子へお礼を言うと、男の子はマナをちらと一瞥し、「別に」と一言呟くとまた視線を元の位置に戻した。

「ねえ、あなた珍しい髪の色をしてるわね」

マナが男の子に名前を聞くかどうか悩んでいると、横から女の子の声が飛び込んできた。マナがきょとんとすると、女の子は慌てて否定の言葉を述べた。

「ああ、別に貶したわけじゃないの。ただ、真っ白で綺麗だったから……気を悪くしたらごめんなさい」

マナと男の子の他に、ボートには二人の女の子がいた。どちらも長い金髪をおさげにしていて、姉妹ほどではないけれど少し似てるな、とマナは思った。

「ううん、大丈夫だよ。貴方達の髪もきらきらとしてて素敵だね!」

マナがそう言うと、女の子は安心したようににこりと笑い、ありがとうと言って自身の髪をくるりと弄った。

「私、ハンナ・アボット」

隣に座る女の子が言った。続けて、ハンナの向かい側に座る女の子が口を開く。

「私はスーザン・ボーンズよ」

二人とも既に仲良しなようだ。マナは少しだけ羨ましいなと思った。

「私はマナ・クレイシア。よろしくね」

お互いの自己紹介が終わると、マナはちらりと自分の向かい側に座る男の子を見た。それにつられハンナとスーザンも、男の子を見つめる。男の子はその視線に居心地悪そうにすると、無感動に名前を述べた。

「セオドール・ノットだ」

一瞬、隣に座るハンナがたじろいだようにマナは感じた。マナの視線に気づいたハンナは、にこりと笑った。

その後ハンナとスーザンの他愛ない話で盛り上がっていると(ノットはずっと黙っていた)、ボートが地下の船着場に到着し、とうとうホグワーツの中に入ることになった。ハグリッドが三回叩いて扉を開けると、中からエメラルド色のローブを身に纏った背の高く厳格な顔つきをした黒髪の魔女が現れた。

「マグゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

マグゴナガル教授との言葉のやり取りの中で、マナは漸く毛むくじゃらの大男がハグリッドという名前だと言うことを知った。