The first day

マナの苦手な朝がホグワーツにもやってきた。

「ちょっとあなた、早く起きないと遅刻するわよ」
「…うーん、リリー……もうちょっと」
「私はあなたのママじゃないわ!」

マナは驚きのあまり勢いをつけて飛び起きた。家に知らない人がいる!一体誰?真っ青な顔で辺りを見回して、ここがいつもの場所ではないことに気付く。暫くしてから漸く、ここがホグワーツであることを思い出した。硬直した身体から力が一気に抜けて、隣から呆れ声がした。

「あなたまだここがお家かどこか勘違いしてるの?ここはホグワーツのグリフィンドール寮よ。あなたの生活習慣に文句を言うつもりはないけれど、授業にでも遅刻して減点でもされたらたまったものではないですからね。それが分かったらすぐに起きて支度してーーあら?あなたもしかしてハリー・ポッターと同じコンパートメントにいた子?」

一息もつかずにそう言い終えた女の子に、マナは思わず呆然としまった。ぽかーんという効果音が聞こえて来そうなほどだ。女の子の言ってることの殆どがマナには理解出来なかったーー辛うじて最後のハリーと同じコンパートメントにいたことを言われてること以外は。

「えっと…うん?」

マナは頭に何個も疑問符をつけながらも、とりあえず女の子に笑ってみせる。女の子は私の顔を見て確信したように目を輝かせた。

「やっぱり!毛布で分からなかったけどーーその白い髪の毛には覚えがあるわ。あの時はあなたは寝てたけれど、見た瞬間にピンと来たわ。目も赤いのね!私、知ってるわ。あなたのような人のことアルビノって言うんでしょう?私実際に見たの生まれて初めて!私、同室のハーマイオニー・グレンジャーよ」

ハーマイオニーは息を荒くしながらそう捲したてた。マナは少し狼狽えながら、「マナ・クレイシアよ」と挨拶を返した。そして小さく「それで…アルビノって?」と尋ねた。

「私も詳しくは知らないのだけれど、遺伝子の病気って本には書いてあったわ。生まれつき色素が薄い人のことを言うんですって。あなた自分のことなのに分からなかったの?」
「びょーき……」

そっか、私病気なのかあ。マナはひとりぼんやりと考えた。今まで誰も何も言わなかったから不思議に思ってなかったけれど、私の髪と目は変なんだなあ。どうしてダイアゴン横丁でもホグワーつでも皆からじろじろ見られるのか、マナはようやく分かった気がした。マナはぼんやりと、ダイアゴン横丁で出会ったライナスのことを思い出した。
マナはじっと自分の真っ白な髪を見つめた。もし自分の髪が黒だったらと考えたけれど、白色に見慣れ過ぎて想像ができなかった。

最初はハーマイオニーの勢いに気圧されていたマナだったが、言葉を交わすうちに、小言は言うもののそのお節介とも言える性格が何だかリリーみたいだと親しみが出て来た。それにマナの髪や目を気にかけたのは最初のあの時ぐらいで、それ以降ジロジロ見てくることもなく自然体で接してくれた。そんな人は今のところマルフォイとハリー、そしてロンだけだったので、初めて女の子の友達ができたことがマナにとっては何よりも嬉しかった。

ホグワーツでの生活は思ったよりとても面白かった。全てが初めてのことばかりだ。友達と話すのも、プディングを食べるのも、動く階段を移動するのも、肖像画に話しかけるのもーーマナはいちいち感動して観察したり話しかけたりしてしまうので、一緒にいるハーマイオニーにしょっちゅう怒られたーーマナの行動は、いわばものを覚えたての幼児のようだった。誰もが知っているような物事さえ、彼女は何だろうと首を傾げては、物知りなハーマイオニーに尋ねるのだった。

「ハーモニー、この飲み物は何?」
「ハーマイオニーよ。これは牛乳ね」
「ミルク……牛の乳…」

白い謎の液体は、牛の母乳だという。牛は写真でしか見たことないが、確かやけに大きくて四角くて、角も生えていた気がする。
赤子が母親の乳を飲んで育つのは知っているが、どうして人間がーーしかも既に授乳期を過ぎている人間がーーわざわざ牛の母乳を飲む必要があるのだろう……もしかして人間の祖先は猿ではなく牛なのではないか。マナは考えて考えて、人知れず不安になった。
恐る恐る飲んだ牛乳は美味しかった。マナはとうとうそんな自分に困り果ててしまった。

「君…少しおかしい。ウン、やっぱりおかしい」

そんなマナを見て、たまたま一緒にいたロンはそう呟いた。ハリーとハーマイオニーも、こればかりは否定できなかった。

常識が全く分からない無知な女の子かと思えば、マナは時折、大人も知らないような知識や、上級生でも難しい魔法を使いこなす。
ホグワーツの授業の殆どは、マナにとってあまり新しいことではなかった。何しろホグワーツに入学する前は、することと言えば本を読むか山を散策するか、それすら出来ない夜には夜空見上げ星を観察することしかないのだから、「魔法史」も「薬草学」も「天文学」も「呪文学」も、今まで生きてきた中でマナが必然的に身につけてきたことばかりだった。
ただ、授業の内容は知っていても授業自体をつまらないとは思わなかった。魔法史はゴーストであるビンズ先生の授業だし(マナにとっては先生がゴーストというだけで十分面白かった)、マナの住んでいた山の植生とは異なる薬草を実際に見るのには興奮した。
それに「変身術」はマナは使ったことがなかったので、マグゴナガル先生が机を豚に変えてまた戻した時は何よりもわくわくした。昔たまーにジェームズが鹿になって驚かしてきた時があったが、マナはいつか自分も動物になって猫のノエルや森の動物たちとお話できたら楽しいだろうなあと思った。意気込んで授業を受けたマナだったが、授業中でマナのマッチ棒が針に変わることはなかった。
「闇の魔術の防衛術」では、ダイアゴン横丁で帰りに出会ったあのニンニク臭いクィレル先生が教えていると知ってなんと驚いたことか!クィレル先生はニンニク臭いのに加え、何故かしきりにハリーの周りをウロウロしていたので、ハリーの隣に座っていたマナはとても授業に集中出来なかった。容姿のことには無頓着なマナだったが、闇の魔術の防衛術の後は自分の鼻のためにフローラルな香りのする魔法を自分にかけるのだった。