Potions and Mr.Snape

怒涛のような1週間もそろそろ終わりを告げるという金曜日、ついに「魔法薬学」の授業がやってきた。魔法薬ならマナも多種多様に作っていたのでーー何と言っても山での暮らしは自給自足だーーあまり不安には思ってなかったが、それは授業を受けて間違いだったことに気付いた。
教室は寒くて暗い、薄気味悪い地下牢で行われた。その壁に並ぶホルマリン漬けの動物たちを見て、マナは思わず小さく悲鳴を漏らしたくらいだった。教授のスネイプ先生はどうやらグリフィンドールがーー特にハリーが大嫌いなようで、その油を塗ったような髪の毛に覆われた色の悪い顔が微笑むことは一度もなかった。

スネイプは暗闇の中で異質に白いマナを見ると、ほんの一瞬だけマナを睨んだ気がした。マナはその一瞬がとても強烈なものに思えた。何故睨まれたのだろうか?自分がアルビノだから?その答えを見つける前に、スネイプは大声でハリーの名前を呼んだ。

「ポッター!」誰もが突然のことにびくりとした。

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」

眠り薬だ、とマナが思ったのと同時に、隣にいたハーマイオニーが勢いよく手を挙げた。名指しされたハリーは、何が何だか分からないと言った様子でロンの方をちらりと見たが、助けは期待出来ないと思ったのか「わかりません」と答えた。スネイプはその様子に三回舌を鳴らしせせら笑った。

「有名なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

山羊の胃の中ーー実はマナは実際にベゾアール石を採りに行ったことがあったーーとマナは心の中で答えた。ハーマイオニーはまるで天井か何かから引っ張られてるのではないかと思うほど、ピンと手を限界まで伸ばした。ハリーはまた「わかりません」と答えた。

同じようなやり取りがもう一度行われた後ーーハーマイオニーはとうとう椅子から立ち上がっていたーースネイプは急に顔をぐるりとマナに向けて、「クレイシア!」と叫んだ。え?え?マナが恐怖と混乱に陥っていると、スネイプが物凄い剣幕でマナを睨みながら捲したてた。「先ほどの我輩の問いに答えたまえ!」
ハーマイオニーはスネイプに注意されたのかいつの間にか手も挙げず座っていた。グリフィンドールとスリザリンの全員の目が一斉にマナの方へ向いた。マナはこのじろじろとした視線が大の苦手だった。
「…あ、」緊張と恐怖で、マナは答えようにも喉が蓋をされたように声が出なかった。目に薄い水膜が張ったのが分かる。泣きそうだった。そんなマナを見て、スネイプはハリーのように笑うことはせず、ただ忌々しげにチッと舌打ちをした。そしてその後一切マナを見ることはなく、まるで興味が失せたかのようにハリーの方へ向き直った。

「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。あまりに強力なため、『生ける屍の水薬』と言われている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンスクフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名をアコナイトとも言うが、トリカブトのことだ。どうだ?諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」

全員が一斉に羽パンと羊皮紙を取り出して書き写す音が聞こえたが、マナはとても羊皮紙を取り出して書き写す気にはなれなかった。さっきの衝撃がマナの身体をピリピリと痺れさせている。本当は分かっていたのに答えられなかったのも、スネイプに睨まれた気がするのも、先ほどの全員が自分を見る目も、全てがマナを憂鬱な気分にさせた。魔法薬学自体は苦手ではないが、授業はーーとりわけスネイプ先生は、苦手だと心底思った。

その後、マナはハーマイオニーとペアになりおできを治す薬を調合することになった。マナは何回か作ったことがあったので、教科書を見ずに手順を進めていると隣からハーマイオニーが口を出した。

「マナ、教科書をちゃんと読んだの?ヘビの牙は干イラクサの後に入れるのよ」
「読んだけど、教科書の方法より交互に入れた方がムラがなくなって即効性が良くなるから……」
「でも、教科書の方法に従った方がーー」

ハーマイオニーの言葉がピタリと止まった。不思議に思って鍋から注意を逸らさずにちらりと隣を見ると、そこには相変わらず険しい表情をしたスネイプがそこに佇んでいた。マナは先ほどのことも相まってヒュッと息を止めた。
ハーマイオニーはスネイプに見つかった責任を咎めるようにマナをじっと睨んだ。でも、だって……マナは鍋が沸騰しすぎないように気をつけながら、またスネイプへの言い訳も考えていた。

「あ、あの、これは……」

マナがおずおずと言いかけたとき、スネイプがハッとしたような顔になった。その視線の先を追って後ろを振り向くと、向かい側の少しぽっちゃり気味の男の子ーーネビルが沸騰している鍋に山嵐の針を入れようとしていた。
マナは知っている。昔家で同じ失敗をしたことがあったからだ。あの薬を被ったときのおできの痛痒さと言ったらーーマナは思い出して、言葉を言う前に自分の腕を突き出して男の子の山嵐の針を入れる手を掴んだ。そのとき、熱された鉄製の大鍋に腕が触れ、一瞬だがジュ、と音を立てた。
ネビルがぎょっとして、寸前で山嵐の針を入れてないのを見届け、マナはほっと溜息をついた。

「ーー山嵐の針は大鍋の火を止めてから入れるんだよ」

一方のネビルは、その真っ白な容姿から密かに天使様のように思っていたマナが自分に話しかけているのを見て、軽くパニックに陥っていた。

「えっと、えっと、あのーー」

ありがとうの言葉が出ずにどもっていると、マナが不思議そうにこちらを見ていた。その神秘的な赤色に見つめられて、ネビルは余計狼狽えてしまった。手はまだ掴まれている。その事実を改めて認識してしまったネビルは、先ほど言われたマナの言葉を忘れてーー動揺して手に持っていた山嵐の針をうっかり手放してしまったのだ。
あ、とマナが思うのと同時に、山嵐の針は沸騰したままの大鍋に吸い込まれていく。そして色が気味の悪い緑色に変わったかと思うと、鍋がシューシューと音を立てながら急に溶け縮んでしまった。マナは咄嗟に、未だ鍋の異変に気付いてないネビルを精一杯突き飛ばした。

行き場を失った緑色の薬は、弾け飛ぶように先ほどまでネビルがいた場所に降りかかった。そしてネビルの方へ身を乗り出しているマナの腕へも。あっつ!マナは思わず身を引っ込めた。熱い!腕の大半はローブで覆われていたためにローブが溶けるだけで済んだが、何も施していない手はじくじくと痛み、感覚でおできが出来始めているのが分かった。アルビノは特に肌が弱いため、普通の人よりも酷く爛れたようになってしまい、近くにいたハーマイオニーが思わず顔を顰めた。

「バカ者!」

スネイプが怒鳴りマナの腕を手に取った。その瞬間マナは手の痛さよりも、スネイプに掴まれた恐怖が身を襲った。スネイプが杖を一振りすると、床に広がっていた薬が一瞬にして消えた。その魔法に興味をそそられたマナだが、このただならぬ雰囲気と魔法を使ったのがスネイプだと言うことも相まって、魔法のことについて聞くのはやめることにした。

「なぜ教えられたにも関わらず山嵐の針を入れた!」

マナに突き飛ばされたネビルはようやく自体を把握し始めたのか、顔を真っ青にして自分のいた場所を見、そしてスネイプに掴まれたマナの手を見た。

「クレイシア、何故すぐに彼の手を鍋の上から移動させなかった?自分が身を呈して彼を守れば印象稼ぎになるとでも思ったのか?自分のことも顧みずその無謀な姿勢に、グリフィンドール1点減点」

腕を掴みながらそう告げるスネイプに、マナは今度こそ泣きそうになった。手は痛いし、スネイプの言っていることもあながちーー決して印象稼ぎなどとは思ってないが、自分の落ち度であることは間違いなかったので、さらにマナの自尊心を傷付けた。

「……ごめんなさい」

マナは憔悴しきった声でそう言った。スネイプの顔はとてもではないが見ることは出来なかった。スネイプが苦々しげに「医務室へ連れていきなさい」と誰かに言ったのが聞こえたが、マナは誰かと一緒にいる気分では全くなかったので、「ひとりで大丈夫です」と弱々しく言うと、スネイプが舌打ちしたのが聞こえた。「それは出来ない。我輩も教師としての立場があるのでね。ロングボトム!責任を持って彼女を医務室へ行くのだ。いいね?」もうどうすればいいのか、マナには分からなかった。
一瞬ちらりと顔を上げると、近くにいるハーマイオニーやハリーやロンの心配で気の毒そうな顔が見えたので、マナは弱々しく笑ってみせた。途中、マルフォイが目をまん丸くしながらマナを見ていることにも気付き、マナはもう一回今度はマルフォイに向けてヘラリと笑った。

気まずい顔をしたネビルと共に地下牢を出るとき、ドアの中から「君、ポッター、針を入れてはいけないと何故言わなかった?彼が間違えれば、自分の方がよく見えると考えたな?グリフィンドールはもう一点減点」とスネイプが言っているのが聞こえた。ハリーも大変だなあ、とマナはひっそり溜息をついた。

「あっあの…!」

隣を歩いていたロングボトムが急に大声を出した。

「ぼ、僕のせいで、本当に、ご、ごめん……」

何故かマナよりも泣きそうなロングボトムに、マナは慌てふためいた。

「大丈夫だよ!手だけだし!それに、わたしの方こそごめんね。急に手を掴んだり突き飛ばしたり、びっくりしたよね。でも、結果的にネビルが無事で良かった」

マナは微笑みながらも申し訳なさそうに言った。するとネビルは顔を真っ赤にして、「ぼ、僕……」と俯き加減に話しだした。

「何やっても上手くいかないんだ。魔法も上手く出来ないし、今日だって、君がいなかったら僕……」

マナは目をぱちくりとさせると、今度はにっこりと笑った。

「あのね、私も家で同じ失敗したことあるの!」

マナの言葉にネビルは俯かせていた顔を上げた。

「家でおできの薬何回か作ったことあるんだけど、わたしったら失敗ばかりで、1週間ずーっと顔におできがあったこともあったよ。だから、お揃いだね!」

マナはにっと歯を見せて笑うと、ネビルも心なしか笑顔になった気がした。マナはそれに満足すると、医務室に着いてからネビルにお礼を言った。

「私、マナ・クレイシアよ。あなたの名前は?」
「ネビル・ロングボトムだよ」
「素敵な名前だね!ネビル、わざわざここまで付き添ってくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
「……うん…」
「スネイプ先生は怖いけど、きっと分かりにくいだけで優しいんだよ。さっきもあなたからは減点しなかったし」

マナは心の中で自分に言い聞かせるようにそう言った。きっとスネイプが意地悪なのは何か事情があるのだ。マナはにっこりと笑うと、もう一度お礼を言い、授業へと戻るネビルを医務室から見送った。

医務室のマダムポンフリー先生は、特に何も言わずテキパキと治療をしてくれ、マナの手の火傷とおできは数時間後にはすっかりと治っていた。