Platinum blonde

ドタン!
マナは尻餅をつけたまま、暫く目をぱちくりとさせていた。身体中のあちこちをぶつけて、痛い。しかし、そんなことよりもマナは生まれて初めて体験した煙突飛行に感動を覚えていた。

「あっそうだ、買い物」

暫くぼーっと感動に浸っていたマナだが、はっとして立ち上がる。辺りを見回すと、薄汚れたパブの様な場所にいた。

(外ってこんな場所ばかりなのかな…?)

まるで畝るように広がる壮大な白砂や、あたり一面に広がる赤、黄、白のコップのような花。赤い四角の物を積んで出来た家の街並み。視界いっぱいに広がる湖。
本で見た世界の様子とは程遠い"外"の様子に、マナは少し残念な気持ちになった。

「おい、そこのお前」

何人か人もいるが、皆ボロボロのマントを羽織り、陰気臭い雰囲気が漂っている。マナは誰かに銀行の場所を聞きたかったのだが、そんな雰囲気も相まって中々出来ずにいた。

「お前だ。聞いているのか?」

どうしようかと思案していたときだ。いきなり肩をぐいっと引っ張られ、気付けば目の前に男の人がいた。

「邪魔だ。どけ」

綺麗な髪だ、とマナは思った。
恐らく新品であろう、皺ひとつない、真っ暗な艶のあるローブに身を包み、キラキラと光るプラチナブロンドの長い髪を後ろで結んでいる。鋭くマナを射抜く瞳は、澄んだ青空色。
気が付けばマナは、目の前の男に魅入っていた。マナは目をそらすことが出来なかった。
男は暫くマナを睨むと、フンと鼻を鳴らして、マナにぶつかるのも構わず前へと進む。

「あっす、すみません…!」

ようやく我に返ったマナは、そこでやっと自分が失礼なことをしていたと思い、謝った。マナの声が聞こえているのかいないのか無視する男を目で追いかけると、男の後ろに自分より少し背の高い、同じようにプラチナブロンドの髪をオールバックにした男の子がいる。
多分男の息子であろうその男の子は、父親同様に新品でほつれ毛ひとつないようなコートを着込んでいるがしかし、男の子のポケットからは、不躾にもひょこっと白い封筒のような紙が顔を見せていた。
ホグワーツの許可証だ!!
マナは瞬時に分かった。封筒のステッカーには、蛇と鷲と獅子と穴熊の絵が施されてあった。
この子もホグワーツに行くんだ!
マナは外に出て初めて、少し安心した。マナには友達がいなかったがーージェームズとリリーは家族だーージェームズが言っていた、久しぶりに友達の顔を見て安心するという気持ちはこういう感じなのかもしれない。
そして、漸く銀行に行くところから始まることが出来る、とマナは思った。
ホグワーツの許可証を持っているということは、ここ漏れ鍋に来たのもマナと同じような理由だろう。
もしかしたら銀行に行く道を教えて貰えるかもしれないとマナが思った時は、既に男はパブの奥の扉へと入っていくところだった。

「あっあの!」

走って追いかけるが、男は一向にこちらを向こうとしない。マナは構わずに話し続けた。

「わ、わたしも今年からホグワーツに行くんです!でも、その…外に来るのが初めてなので、銀行まで一緒に連れてってください!」

言い終えて漸く、男はマナの方をジロリと見た。暫く考えたようにマナを見つめると、一言、呟いた。

「英語を喋れたとは意外だな。貴様はマグル生まれか?」
「マ、マグル…?」

聞いたことのある単語だ。確か魔法を使えない人間を指すような意味だったと思う。そう言えば、少数ではあるが純血主義の魔族がいると本に書いてあった。もしかするとこの人の家系は純血主義なのかもしれない。
男は反応のないマナを見て、恐らく「マグル」という単語すらも知らないのだろうと考えた。そして、そのことは彼女が「魔法族出身ではない」と思わせるには十二分な要素だった。
それは、男と一緒にいた息子も同様だった。

「フン、『マグル』も知らないとは哀れなものだな。穢れた血め」

男の子がそう言ったのがきっかけとなり、男は前へと進みだした。マナは思わず少年の手を掴んだ。

「ま、待って…!マグルって、魔法を使えない人間のことでしょう?わ、私、お父さんはどうか知らないけど、お母さんは魔女だったって聞いた!」

男の瞼がぴくりと動いた。

「姓は?」
「、え?」
「貴様の姓はなんだ?」

マナは戸惑った。性は名前の前に付く、所属している族を表すために用いられるものだということは知っている。勿論、よっぽどの事がない限り、それが全人類に用いられることも。
しかし、マナには分からなかった。
今まで必要に迫られたこともなかったため深く考えることはなかったが、自分の苗字が、分からなかったのだ。

「…分かりません」

男はまたじろっとマナを探るように見ると、ぐんとマナが肩から掛けていた小さなポーチに手を伸ばした。
ハルジオンの花がところどころに散りばめられている、可愛らしいポーチだ。
男は乱暴にポーチを弄って、中から白い封筒を取り出した。蛇と鷲と獅子と穴熊のステッカーが貼られている。
ーーホグワーツの入学許可証だった。
手紙の中には買い物リストも一緒だったため、手紙一式ごと持ってきていたのであった。
男は手紙に穴が開いてしまうのではないかと言う程、その許可証をじっと見つめた。封筒を開けてから手紙を読み終わるまで、瞬き一つもしなかった。

「…クレイシア」

男が漸く声を発した。

「貴様の姓はクレイシアだ」

男はこっちをちらりとも見ずにそう言った。手紙を封筒に戻して、乱暴にマナに押し付ける。そうしてる時も、ちらりともマナを見なかった。

「知ってる?」

自分の苗字を、自分は純血か、という意味で聞いたつもりだった。
男は抑揚のない声で、知らんな、と答えた。