Vanilla ice cream

あれからマナが着いていってもいいかと聞くと、男は好きにしろと答えたのでマナはその親子の後ろを控え目に着いて行くことにした。
グリンゴッツ銀行からお金を受け取ったら親子とは別れて買い物をしよう。
マナはそう考えていた。
いつまでも自分がいたら折角の親子水入らずの買い物が台無しになるだろうと言う、マナなりの気遣いだった。

煌びやかなプラチナブロンドの髪を持った男の子は、最初こそチラチラとこちらを気にするような素振りをとっていたが、いつの間にか彼の自慢話が始まっていた。
彼はドラコ・マルフォイで、あの厳つい父親はルシウス・マルフォイというのだと彼に教えられた。
マルフォイ一家は代々引き継がれてきた由緒ある純血の一族らしい。貴族でもあると言っていた。
道理でローブが新品のようだとマナは思った。

グリンゴッツ銀行では身体が何処かへ吹っ飛ばされてしまうんじゃないかと何度思ったことか!
自分と同じかそれよりも小さい小鬼でさえ吹っ飛んでいないというのに、マナは少しでも気を抜くとすぐさま吹っ飛んでいきそうだった。

マナ、もといユーリの金庫は、部屋から溢れてしまうのではないかというほど沢山の金銀光る硬貨で一杯だった。金貨の山で隠れて見えないが、奥の方には剣やマント、不思議な瓶の詰め物がちらりと見える。
マナはどの位お金が必要か分からなかったので、取り敢えずバックのポケット一杯に金貨を詰め込んだ。
足りなかったらまた来れば良いだけの話だ。
そうしてまた、再びあの地獄のようなトロッコに乗って地上へと戻ってくると、既にマルフォイ一家はいなかった。

初めての"外"は、マナが想像していた以上に賑やかで、活気に溢れていた。しかしそれ以上に、人の多さと、どこに行ってもマナに向けられる好奇の視線にマナは戸惑わすわにはいられなかった。どうして皆がそんなに自分のことを見るのか、マナには分からなかったのだ。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん」

通路を歩いていると、ふと声をかけられたので、マナは足を止めた。声をかけた人物を見ると、ローブを目深に被り路地に座り込んでいる。声から察するに、初老の男性のようだった。

「お嬢ちゃん、随分白い肌に白い髪をしているねぇ。それに瞳も紅色でとても綺麗だ」
「あ、ありがとう…」

老人はああ珍しい、珍しいと暫く呟いて、ローブの中からガサガサと何かを取り出した。

「ところでお嬢ちゃん、飴はいかがかな?これはとても珍しくて、普通なら高値で売るんだが、お嬢ちゃんになら特別ただであげよう」

そう言った老人の手に持つ缶の中には、濁った紫色のキャンディーが何個か入っていた。

「一粒食べればとても幸せな気分になれる。この世の辛いことや悲しいこと、全てが忘れられる。どうだい、今食べていかないかい?」
「…ごめんなさい、私、別に辛いことは何もないから」
「本当かね?そんなことは言わずに、ほら、一粒だけでも」

ぐいぐいとキャンディーを押し付けてくる老人に根負けしたマナは、キャンディーの効果も気になって、「じゃあ…」とキャンディーを一粒手に取った。

「さあ、はやくお食べ」
「駄目だ、それを食べてはいけない」

口に近づけた手を掴まれ、マナは咄嗟に飴を落としてしまった。コロコロと紫色の飴が路地裏への転がって行く。

「私の連れに何の用かな」

マナの腕を掴んだ男は飴が地面に転がって行ったのを見届け、そして老人を睨んだ。老人は少し狼狽たように唸りながらも、うやうやしくの入った缶を差し出した。

「旦那も一粒どうですかい」
「悪いが私たちはそんなものに頼る必要はないのでね。行くよ、エリザベス」
「えっ」

男がマナの腕を掴んだまま歩き出すので、マナも男の後をついていかない訳にはいかない。老人が後ろの方で舌打ちをする音が聞こえた。

「すまなかったね」

暫く歩くと男はいきなり手を離して、こちらへ謝ってきた。「腕は痛くなかったかい?」男が尋ねたのでマナはこくりと頷いた。「お詫びに何か奢ろう。時間はあるかい?」

そう言って男に連れていかれたのは、アイスクリーム店だった。ショーケースの中を見てみると、色とりどりのアイスが並んでいる。マナはアイスを食べるのは勿論、見るのも初めてだったので、思わずじーっと魅入ってしまった。

「好きなのを選んで」

そんな様子のマナを、男は優しく見つめている。マナは思わず赤面した。結局マナはバニラを、男はチョコレートを買った。

「冷たっ!……甘い」

アイスを口に運ぶと、あまりの冷たさにマナは一瞬びっくりしてしまった。しかしその後に続くバニラの甘さに、思わず頬が緩む。

「アイスを食べるのは初めてかい?」
「えっ…あ……はい」

マナはまた赤面して俯いてしまった。何故だろう、ジェームズとリリーにはいつも上手く話せるのに、今では頭と口が別物になっているように上手く動かせない。

「私はライナス。君の名前は?」
「…マナです」
「マナ、連れてきておいてなんだが、見知らぬ人に簡単に着いてきてしまってはいけない」

マナはどうしてだろうと思った。見知らぬ人に着いていってはいけないなら、私は今日、ダイアゴン横丁にも来れなかったし、アイスも食べられなかった。目の前の男ーーライナスがどうしてそんなことを言うのか、見当もつかなかった。


「先ほど渡された飴は強力な"安らぎの水薬"とアルコール度数の高いワインを使ったものだ。舐めれば数分で眠りに落ちてしまう。ーーー人身売買は知っているかな?」

マナはライナスが何を言おうとしているのか、漸く理解した。つまり、先ほどの男は周りに保護者がいない、しかも珍しい容姿のマナを見て誘拐しようとしたのだろう。

「あの……わたしって、変ですか?」

マナは"外"に来たときからずっと思っていたことを伝えた。先ほどのアイスを注文した店員も、今、周りにいる客も、マナを珍しがるように見ている。何しろ"普通の人"を知らないマナにとっては、自分が世間ではアルビノと言われることも、白い髪と赤い目を持つ人は少ないことも知らない。

「わたし……わたし、家の外に出るの初めてなんです。だから、その……何も、知らなくて」

不安そうにするマナに、ライナスは優しく笑いかけた。

「君は何も変ではないよ。ただ少し、珍しいだけさ」

そう笑ったライナスの顔は、心なしか憂いを帯びている気がした。

「……あの、」
「?」
「…ありがとうございます」


今度はライナスの目を見たままお礼を言ったマナにライナスは嬉しそうに微笑むと、自身の買ったチョコレートアイスを美味しそうに口に入れた。