The magic wand is

古めかしい外見通り、店内は薄暗く、あまりの埃っぽさにマナは呼吸をするのも躊躇うほどだった。あちらこちらにぎっしりと縦長の箱のようなものが積んである。それは天井近くまで高い塔となっていた。もし、今地震が起こったらーーーマナは考えて身震いした。

「いらっしゃいませ」

マナは思わず跳び上がった。マルフォイも跳び上がったに違いなかった。人の気配が全くしなかった、いや、本当に人はいなかったはずなのに、今目の前には老人が立っていたのだ。

「これはこれは…マルフォイさんのご子息ではありませんか」
「御託はいい。息子の杖を頼む」
「分かりました分かりました、このオリバンダーに任せればあなたのご子息にピッタリの杖を見繕いましょう」

オリバンダーは何本かマルフォイに杖を持たせ、取り上げては違う杖を渡しを繰り返して、数分してから「ブラボー!」と声を張り上げた。退屈しのぎに積み上げられた箱を観察していたマナはここに来て2度目の跳び上がりを見せた。
オリバンダーは手早く杖を箱に戻し茶色の包装紙で包むと、今度はマナへと目を向けた。薄暗闇の中で光る薄色の目に、マナは思わずどきりとした。

「おお…おお…」

オリバンダーは目を見開いて、呻きにも感嘆にも似た声を出した。

「そうじゃった……君はハリー・ポッターと同じ歳じゃったの。君のお母さんもポッターさんの両親とは同い年じゃった」

ハリー・ポッターって、ハリーのこと?
マナは疑問に思ったが、それよりもオリバンダーが自分の母親を知っていることに驚いた。

「お母さんを知っているの?」
「ああ、知っているとも。あの子に杖を売ったのもわしじゃ。林檎の木にドラゴンの心臓の琴線、23センチ。持ち主に忠実な杖じゃった。小振りでしなやか、癒しの呪文には最高じゃ」

オリバンダーはそこまで言うと、エホンとひとつ咳払いをした。

「さて、どちらが利き腕ですかな?」
「わたし、両利きなんです」
「では、両腕をまっすぐあげて…そうです」

オリバンダーはマナの体の採寸をあちこち図った。頭周り、指先から手首、手首から肘……。それはマダムマルキンの洋服店を思い出させた。今から洋服でも作るのではないだろうか?マナは疑問に思ったが口には出さなかった。

「ではクレイシアさん、右手と左手の順番にこれをお試しください。葡萄の木に一角獣の鬣、29センチ。よくしなる」

マナは右手で杖を軽く振ると、電球が一個パリン、と音を立てて割れた。マナはびっくりしてまじまじと自分の持っている杖を見た。オリバンダーはサッとマナから杖を奪い取ると、違う杖を差し出した。

「柳の木に不死鳥の尾羽、32センチ。硬く強い」

マナは杖を振ったが、またもや店の奥からガシャン!と何かが落ちた音がした。今度はマナが杖を見る暇もなくオリバンダーが取り替えていた。


「柊にドラゴンの心臓の琴線、24センチ。バネのよう」


今度は大丈夫だった。マナが右手で杖を振ると、ポウと暖かく光を灯した。マナはうっとりとそれを見つめ、そして左手に持ち替えた。杖を振る。何も起きなかったが、しばらくしてから窓がパリン!と音を立てて割れた。
オリバンダーは杖を奪い取った。

暫くそうしてマナは杖を振り続けた。右手が良くても左手が駄目、逆に左手が良くても右手が駄目。マナは自分が30回杖を振ったところで、数えるのをやめた。
どのくらい時間が経っているのか、最早分からない。いつの間にかマルフォイ親子は店からいなくなっていた。マナは疲れ切っていた。


「おお、これはどうでしょう。珍しい杖だ。サクラの木にセストラスの尻尾の毛、29センチ。程よくしなる」


マナは機械的に右手を振った。するとどうだろう、今まで何本か光を灯したのはあったが、体の内側までもがじんわりと温かくなった。左手を振る。右手と同じように、温かく優しい光が杖先に灯った。


「ブラボー!!」


オリバンダーは先程の何倍もあろうかという声で叫んだ。しかし今度はマナも叫びたい気分だった。
長い時間をかけて見つけ出した自分の杖は、それほど特別なものに思えた。

ギイ、とドアを開ける音が聞こえた。振り返ると、いつの間にかいなくなっていたマルフォイがいた。


「杖は見つかったのかい?」
「うん、たった今」
「随分と時間がかかったな」
「きっと、特別な杖なんだよ!何だったかな……サクラ?の木が使われてるみたいで」


マナが興奮気味にそう言うと、マルフォイはいささか不機嫌になった。


「フン、ピンクの花を付ける木の杖など、役に立たないか、ただの飾り用だろう」
「そんなことはございません」


オリバンダーが杖をしまいながら言った。


「サクラの杖は不思議な力を生み出します。日本にある魔法学校の生徒たちの間で特に高く評価されており、サクラの杖を持つものは特別視されておるほどじゃ。もっともこの国の魔法使いはそれを知らずに軽視する人が殆どですがな」


マルフォイはその言葉を侮辱と思い、顔を赤らめた。


「なっ…!フ、フン、少し珍しいからっていい気になれば間違いだからな!!」
「あっ…」


折角自分を迎えに来てくれたのに、足早で店を去るマルフォイをマナは咄嗟に追いかけようとしたが、まだ代金を払ってないのを思い出し、後ろ髪を引かれる思いでオリバンダーへと向き直った。


「しかし気を付けて下さい、クレイシアさん」


クレイシアーーああ、そういえば自分のファミリーネームだったなとマナは思い出す。何故オリバンダーが自分の名字を知っているのか、そして何故私の母親が分かったのかーーマナは気になって気になって、しょうがなかった。しかし、今は、早くマルフォイを追いかけなければならなかった。


「その杖は不思議な力を生み出すーーそれはときに生死にかかわるものもあるといことをお忘れなきよう…」


慌てて代金を支払って店を出たマナに、オリバンダーの最後の呟きが聞こえていたかどうかは、誰にも分からなかった。