《力》の暗示



ロロノア・ゾロは方向音痴である。
麦わらの一味にとってこれは最早当たり前の事実であり、無自覚なのは本人のみ。リバータウン到着後も一味と行動を共にしていた筈がいつの間にか一人になっている始末。あいつら迷子になりやがって、と検討違いな考えに至ったゾロはまあ大丈夫だろうと町を散策し、見つけた酒場でナミからもらった小遣いをつかい腹ごしらえを済ませていた。

「だから船長!金髪で顔に変なアザがある女ですよ!」
「…ん?」

そろそろ出ようかと立ち上がり、店主にごちそうさんと声をかけた時だった。ゾロのいたカウンター席から離れた店の隅に、男達が集まっている。刀を提げ、銃を持った男達はどうみても堅気の人間ではない。
一度上げた腰を静かにもう一度下ろし、男達の話に耳を傾けた。

「この間森でフローがやられたっていう女の特徴と全く同じでした!妙な技も使いやがって…。」
「妙な技?」
「ええ、女が飛ばしたシャボン玉に触れた瞬間、衝撃で吹っ飛ばされたんですよ…!」
「ほう、悪魔の実の能力者か?」
「わからねえ、でもマトモじゃねえのは確かだ!」
「お頭、フローが言うには、女はガルダ川の上流で探し物をしていたとか…。」
「ああ?おい、そりゃあよぉ、俺たちと同じじゃあねえだろうな?」
「何を探しているかまでは…。」
「けど、この街に来たっつうことはあながち間違いじゃあないかもしんねえっすよ!」
「女は鍛冶屋に部屋を借りているそうです。老夫婦に、若い男の弟子がひとり。」
「ほう…。おいフロー、カルセドニーに連絡してやれ。活きのいい働き手を連れていくってな。
いいか、あの宝石は俺のもんだ。狙っているなら女だろうが容赦はしねえ。」

話は終わりだとでも言うようにガシャンと音をたてジョッキを置いた男は、仲間を引き連れ店をあとにした。

「…宝石ねえ…。」

ゾロの脳裏に目をベリーに輝かせるナミが浮かび、同時に自分へ無茶を押し付ける様が浮かんだ。

「あいつの耳に入らねえことを祈るばかりだな。」

聞かなかったことにしよう、と酒場を出て船へ足を進める。が、残念ながら船とは反対方向へ向かっていることを知るものは、この場には誰一人としていなかった。



◆ ◇ ◆



「なあー、マリー仲間になれよー、海賊たのしいぞー?」
「いい加減諦めなさいよルフィ、断ってるんだから。」
「そうだぞルフィ、無理強いはよくねえ。」
「俺はルフィに賛成だ。天使、いや、女神、いや!マリーちゃんには是非、俺達の仲間になっていただきたい。」
「よーし、よくいったーサンジ!不思議だま面白えから仲間にしよう!な!」
「な!じゃねえよ、本人の意思無視か!」

ビシィとつっこみを入れたウソップを無視して肩を組むルフィとサンジは、すっかりマリーを仲間に入れた気分である。
額に手をあてため息をつくナミを見て、マリーはクスリと笑った。

「仲が良いのね。」
「そう?私としては男どもが情けなくて」
「でもちゃあんと信頼してるじゃない。」
「え?」
「分かるの。色んな人達と関わってきたから、信頼しあっている人達は特にね。」

いいチームだわ、と笑うマリーにつられ、ナミは何歩か先で騒ぐ三人を見た。ふと、つい先日故郷を救ってもらった時のことを思い出した。

『ルフィ、…助けて。』
『当たり前だ!!!』

「そうね、信頼してるわ。馬鹿だけど、いいやつらだもん。」

そう言って、ナミはマリーに笑いかけた。

「ん?なんだ、あの人だかり…。」
「ありゃあ、鍛冶屋の前か?」
「おいマリー、あれ…」

ルフィが指差し声をかけた時にはもうすでにマリーは走り出していた。人混みをかき分け、店の中に入っていく。
四人もマリーを追い、急いで中へ入れば、店内は見るも無惨な姿になり、あちらこちらで刀が折られていた。

「こりゃあ一体…」
「おじさん!おばさん!」

床に倒れていた店主と妻を見つけたマリーは、急いで二人に駆け寄った。ぼろぼろになった店主の手が血だらけになっている。

「酷い…」
「ひ、ひとまず手当てしねえと、マリー、急いで医者に…」
「ナミ、ウソップ、入り口から離れて。」
「「え?」」

二人が振り返ると、入り口に寄りかかってニヤニヤと笑う男が立っていた。

「誰だお前…!」
「待って、ルフィ。」

瞬時にルフィとサンジは構えるが、マリーが二人を手で制し、前へ出た。

「へえ、案外冷静なんだなあ女。ジェットやフローが美人だと言ってたからよ、取り乱す所が見たかったんだが…そうもいかねえかあ。」
「…ルミールはどこ?見習いの男の子が居たでしょう。」
「まあそう慌てるなって。なあ俺たちはお前に仲間を二人もボコボコにされて、人手が減っちまったんだ。あのガキ、なかなか力仕事に使えそうだろ?お頭が大層気に入ってな…」
「聞こえなかった?ルミールはどこ?連れていった理由なんて聞いてない。」

男を睨むマリーの怒気がピリピリと肌を刺す。さっきまでとは打って変わった姿に、ナミとウソップは顔を見合せた。

「せっかちな女だなぁ、嫌いじゃないぜ。まあでも人にモノを頼むときはそれなりの態度ってもんが大事だろ?」

一歩、二歩とマリーへ近づき、男はマリーの顎に手をかけ上を向かせた。

「マリーちゃん…!!」
「かわいらしく鳴いておねだりしてくれたら、教えてやっても…」

ズガァァアンと、派手な音が響き渡った。一瞬の出来事だった。マリーを庇おうとしたサンジも、腹がたって殴ろうと構えたルフィも、今にも怒鳴りそうになりながら見ていたナミとウソップも、動くことが出来なかった。

さっきまでマリーの顎に手をかけていた男が、派手な音をたてて床にめり込んだのだ。男は未だにミシミシと音をたてながら床を突き破り地面へ食い込んでいる。

「…昼間の一件でもかなり腹が立ってたのに、これ以上怒らせたら貴方達、どうなっても知らないわよ?」

そう言って男を睨むマリーを見た四人は、彼女の背から、ぼんやりと浮かび上がる何かを見た。

「マリー、なんだぁ、それ??」

首をかしげるルフィに笑いかけたマリーの背に浮かび上がっていたのは、蒼い拳だった。



◆ ◇ ◆



生命エネルギーが作り出す、パワーあるヴィジョン。*
そばに現れ立つというところから、そのヴィジョンは『幽波紋(スタンド)』と呼ばれ、その力を持つものは『幽波紋使い』と呼ばれている。

「日本!?」
「ああ、ワシの孫に悪霊が着いたと娘が言っておった。恐らく、ワシにスタンドが現れたように、奴にも…」
「これから私とジョースターさんで日本へ渡る。マリー、すまないがしばらくスタンドの修行は見てやれん。」

大叔父が紹介してくれたスタンド使いは、占い師だった。彼のスタンドは炎を操る。まるで魔法使いのようで彼にぴったりだった。

「それは別にいいけれど…いいえ、私も着いていくわ。只でさえこんな大変な時に…大叔父様が心配よ。」
「なあに、ちょっくら孫の様子を見て直ぐに帰ってくる。戦いにいくわけじゃあないんじゃ、心配するな。」
「…わかったわ。気をつけてね。」
「マリー、扱いも様になってきたからそろそろだと思っていたんだ。しばらく会うことが出来なくなる前に、君のスタンドに名前をつけようじゃあないか。」
「名案じゃ、まだ名付けておらんかったからな。どれ、マリー、引いてみなさい。」

差し出されたタロットカードは、彼がいつも占いで使うものだった。カードの山から一枚引き、テーブルの上へそっと置いた。

「力の正位置。暗示は強い意志、理性や自制、勇気、不屈、実行力。名付けよう、君のスタンドは…」



◆ ◇ ◆



「《蒼き力(ブルー・ストレングス)》拳で触れたものの重力を操る。私の拳は重いわよ。」

マリーは視線を戻し、地面へ沈んだ男へ告げた。彼らは彼女の地雷を踏み抜いたのだと、ナミとウソップはその気迫に震え、サンジは目をハートに変え、ルフィは瞳を輝かせた。