遠征前はあんなに悶々としていたのに、いざ行って帰ってきてみると案外呆気ないものだった。
今回は特に調査メインの遠征だったし、技術者あがりの隊長やスナイパーの当真くんがいるうちの隊にはうってつけだった。いろいろ動き回ってくれて助かったと、風間さんからお褒めの言葉をいただいてしまうくらいだ。
行きも帰りも遠征艇で酔ってしまった隊長の看病もほどほどにその日は早くに帰宅し、暖かいごはんを食べて布団にもぐった。
気疲れもあってか長らく放置していた携帯も覗かず眠ってしまったため、翌日朝一でメッセージの確認をした。遠征前に泣き顔をさらしてしまった気恥ずかしさもあったけれど、何かメッセージが来ていないかと期待をしてしまったのだ。
アプリを開くと期待をした相手からのメッセージは来ていなくて、代わりに一番上に表示された幼馴染のメッセージを開いた。''おつかれ''の下に表示された内容に、私は家を飛び出した。
''影浦隊、A級降格処分食らった。''
◆ ◇ ◆
本部に倒れるように駆け込み、ランク戦ブースまで走った。途中ですれ違わないかとあたりを見渡すが、無造作な黒髪が視界に入ることはなく、ブースに到着してすぐ目に入った幼馴染に駆け寄った。
「てっちゃん!」
「!太陽、おかえり。」
「たっ、ただいま、カゲは…?」
「太陽ちゃん、」
「ゾエさん、カゲは!?なんで影浦隊が降格処分なんて…。」
てっちゃんはとりあえず落ち着け、と私をソファーに座らせ、正面のゾエさんを一瞥した。
うーんと唸ったゾエさんは言いずらそうに、それでもはっきりと答えを教えてくれた。
「カゲが根付さんを殴っちゃったんだ。理由は言ってくれないけど、たぶん鳩原ちゃんの件でユズルがいろいろ言われてたのが原因だと思う。なんていうか、根付さんもボーダーのためにやってることだから、だれが悪いとかじゃないけど、ユズル、連日の聴取で結構参っててさ。」
太陽ちゃんたちが遠征に行ってからカゲ、ちょっと荒れてたんだ。と困ったように笑ったゾエさんは、よく見ると少し疲れた顔をしている。影浦隊のメンバーはカゲも含めてみんな優しいから、最年少のユズルくんが心配なんだろう。
「カゲは今謹慎処分中だよ。月曜になったら学校には来てくれると思うから、太陽ちゃん、話しかけてあげてね。」
そしたら多分、少しは落ち着くと思うから。と笑ったゾエさんに、頷きながら笑い返した。
なんだか無性に、カゲに会いたかった。
◆ ◇ ◆
恥ずかしさなんてどこかに吹っ飛んで、只々カゲが心配だった私は、朝一で教室へ駆け込んだ。誰もいない教室に、それもそうかと自分の席におとなしく座り、次々と生徒が入ってくるのを眺めていた。
予鈴までもう何分もない。まだかと待っている私の視界に、ガラリと開いた扉が見え、久しぶりに見る金色の瞳と目があった。バチリとあった視線に、声をかけようと立ち上がった直後、HRの合図となる予鈴がなった。間が悪い予鈴に渋々腰を下ろし、もう一度カゲを見るが、もう視線が合うことはなかった。
その後も休み時間の度にカゲに話しかけようとするが、私よりも早く教室から消えてしまうか上手く躱されてしまい、話ができずにとうとう放課後になってしまった。
「…カゲに避けられてる…。」
「そこまでならそうなんだろうなあ。」
「当真。」
「太陽、カゲにも何か事情があるんだきっと。元気を出してくれ。」
「ごめんね太陽ちゃん!ゾエさんが頼んだばっかりに…。」
「ゾエさんは悪くないよ、鋼くんの言う通り何か事情があるんだと思うし。それが、何かは、わかんないけど…。」
途中鉢合わせた当真くんたちと駐輪場へ向かいながら肩を落とした。私になんて話すことはないってことかな?もしかして嫌われた?思い当たる節ならもう遠征前にボロボロ泣いたあの日しかない。
何か嫌な刺し方しちゃったかな?私がカゲを好きだってことがばれちゃったのかな?ウザいと思われちゃったのかな?
これだけ避けられると流石に堪えるものがある。落ち込む私を、鋼くんやゾエさんが励ましてくれているが、私の心は一向に晴れず元気になれなかった。
「…カゲに会いたいなあ。」
「…お前さ、もうカゲに告っちまえば?」
「!!?」
突然の当真くんのセリフに開いた口が塞がらない。ゾエさんと穂刈くんは額に手を当てて「あーあ。」ってやってるし、私の隣にいた鋼くんは状況が飲み込めずにおろおろしている。
顔にどんどん熱が集まっていく私は、飄々と告げた当真くんにつかみかかる勢いで詰め寄った。
「な、何言い出すの当真くん…!!」
「トーマ、二人には二人のペースがあるんだから…。」
「んなこと言ってっと、こいつらいつまで経ってもこんなんだろ?カゲがどう思ってるかは分かんねえけど、太陽といるとこ見るとむしろ気にかけてやってるくらいだし、一回お前の気持ち言っといた方がいいだろ。」
好きなんだろ?と笑う当真くんにうろたえる。好きだけど、でも、
「言えない。だって、もしカゲが好きじゃなかったら?大切にしてもらってるのは分かるよ、でも、それは友達だからじゃなくて?そしたら私の気持ちは迷惑になる。私が気持ちを伝えたら、多分もうカゲの隣に立てない。カゲが好きだよ。でも、今の距離がなくなっちゃって、友達としてもいられなくなっちゃうのは嫌なの。隣にいたいから、私はカゲに告白でき…「いってえ!」、え?」
背後でガシャンと派手な音と、「槍バカお前何やってんだよ!」と声がする。ブリキのようにギギギと首を後ろに回せば、しまった、という顔をした出水くんと米屋くんに、目を見開いてこっちを見るカゲがいた。
「あ、あーいや、太陽さん、あの、」
「昇降口で影浦さんみつけて、珍しいっすねって話してたら、先輩たちの声が聞こえて、その…。」
しどろもどろになりながら謝っている出水くんたちは眼中になく、きょう一日話したくてしょうがなかったカゲを、最悪のタイミングで見つけてしまった私は、ない頭をフル回転させ、
「…、し、」
「し?」
「失礼します!!!」
米屋くんが握っている自転車をとっさにひったくり、「借りるね!」と叫びながら、全速力で、逃げたのである。