花は折りたし梢は高し


「千寿郎、只今戻りました。」
「義姉上!お帰りなさい、お怪我はありませんか?」

任務帰りの菫を出迎えるのは、いつも千寿郎の役目だ。多忙な兄と、なかなか部屋から出てこない父に変わり、新たに鬼殺隊へと入隊した義姉を一番に出迎えるのが秘かな楽しみだ。
大丈夫よ、と優しく笑いながらふわりと頭を撫でられる。義姉がこうしてくれるのを知っているから、誰よりも早く出迎えるのだ。

「お師様は?帰っているの?」
「ええ、もうお部屋で休んでおられますよ。義姉上はどうされますか?」
「お師様にご挨拶をしてから風呂に行くわ。湯は自分で沸かすから大丈夫よ。」
「いえ!湯を沸かすぐらいどうってことありませんから、義姉上はゆっくり休んでいてください。」
「ありがとう、千寿ろーー」
「ーー菫!」

ハツラツとした声が響く。振り向けば案の定、菫の尊敬する師が縁側に立っていた。

「お師様!」

駆け寄る菫を迎えようとその場に腰を下ろした杏寿郎は、彼女に目立った怪我が無いことを確認し、小さく安堵した。
菫も、隊服を脱ぎ着物へと着替えた師の動作を注意深く見たのち、怪我がなさそうなことにほっとした。

「しばらくだな、精進しているか?」
「はい!お師様、お帰りなさい!」
「うん、菫、先に帰っていたのは俺の方なのだが…」
「それでも、お忙しくてしばらく屋敷に戻られていなかったのはお師様の方ではありませんか!ですから、お帰りなさいと言いたかったのです。」
「よもや、ならばしかと答えねばな!」

帰ったぞ、菫。目を細めて笑いながら頭に置かれた大きな手。どれも菫は大好きで、もう一度、お帰りなさいと告げて笑った。



◆ ◇ ◆



この子が家に来て、何年になっただろうか。
継子となった義妹と刀を交えながら、杏寿郎はふとそんなことを考えていた。
菫が煉獄邸へと連れてこられた時、千寿郎はまだ赤子であったし、自分も父から刀を教わってまだ間もない頃であった。母も健在で、突然やってきた菫に嫌な顔一つせず、むしろ実の息子達よりも可愛がっていたと思う。
記憶の姿よりも随分成長し、美しくなった義妹を母が見れば、顔には出なくともきっと喜ぶだろう。

杏寿郎は少し休もう、と声をかけ、刀を下ろした。
縁側で二人の稽古を見ていた千寿郎が急いで立ち上がり、台所の方へ駆けていったのを見送り、縁側へと腰かける。汗をぬぐう師に習い、菫も縁側へと腰かけると、千寿郎が用意してくれていた手拭いに顔を埋めた。

「任務の方はどうだ?馴れたか?」
「馴れたか…と言われればまあ…。ですがまだまだ未熟者ですから、これからも鍛練を積んで精進して参ります。」
「うん、その意気だ!がんばりなさい。」

ニコニコと笑う杏寿郎とは反対に、菫の表情は優れなかった。
任務の合間に出会った、鬼を連れたあの兄妹の事が頭のどこかでずっと引っ掛かっていたからだ。

「…(…同期と任務についたと…お話するべきかしら。お師様なら味方になってくれるとは思うけれど…。)」
「?どうかしたか?」
「あ、いえ…その…。なんでもありません。」

迷いがあるうちは、言わぬ方がいい。二人を見捨てるわけにもいかないが、お師様を幻滅させるわけにもいかない。迷いがあるならまだ黙っていようと、菫は心に思いとどめた。

「菫、刀を握りはじめた頃に比べたら随分技の一つ一つの精度が増してきたな。」
「!…ありがとうございます。」

杏寿郎は真っ直ぐと菫を見つめる。師のこうした真っ直ぐな瞳が、菫は一等好きだ。尊敬する師に真っ直ぐ誉められ、浮わつきそうな気持ちを精一杯押さえた。

「君の技は洗練すればするほど鋭く、強く、美しくなるだろう。本当はあのまま父上から指導を受けた方が良かったのだろうが…」
「お師様、」

杏寿郎は、たまにこうして槇寿郎と自分を比較しようとすることがある。
菫にとってはどちらも刀の師であり、手本だ。刀の握りかた、構えかた、振りかたまで、二人がいなければ菫は何も得ることが出来なかったと思っている。
特に、槇寿郎が引退してからは、自分の鍛練もあるだろうに、合間を縫って指導をしてくれた杏寿郎に、菫は感謝の気持ちでいっぱいだった。

「槇寿郎様からご指導賜りたいと思ったことは無かったと言えば嘘になります。ですが私は、お師様から教えを乞うことが出来たこと、感謝こそすれど、後悔したことは一度もございません。」
「…そうか!」

にこにこと笑う杏寿郎につられ、菫も笑った。台所からやってきた千寿郎が手渡した水を二人して一気に飲み干し、また鍛練をし始めた。

杏寿郎に教えを乞うことに後悔など微塵も無かった菫は、
ただ一つだけ、刀に関して一つだけ後悔があった。

「(…私の後悔は、炎の呼吸が使えないことだけですよ、お師様。)」

それを口にしたところで、自分よりも杏寿郎の方が辛そうな顔をすることを知っている。喉元まで出かけた言葉を、菫はグッと飲み込んだ。