瓜田に履を納れず


「柱合会議…ですか?」

隊服に身を包んだ杏寿郎へ羽織を差し出しながら、菫は首をかしげた。

「ああ。菫、事のついでで申し訳ないが、今日は俺が戻ってから稽古としよう!それまで千寿郎を手伝ってやってくれ。」
「はい、お師様。」
「兄上、随分と急ですね。何かあったのですか?」
「うむ、なんでも鬼を連れた隊士と、それを富岡が庇ったとか…」
「ッえ゛、」

杏寿郎の言葉にどきりとした菫は、肩へかけようと差し出していた羽織を思い切り握りしめた。動きの止まった義妹を不思議に思い振り向いた杏寿郎は、微動だにしなくなってしまった彼女を不思議に思い言葉をかけた。

「?どうした菫?」
「な、なんでもありません…。」

心当たりがありすぎる。鬼をつれた隊士なんて、あの兄弟しか思い浮かばない。
だらだらと汗を流す菫に首をかしげた杏寿郎だったが、こうしていては会議に遅れてしまうと二人の頭を撫でて屋敷を後にした。

「(炭治郎と禰豆子だわ…、きっとそう…大丈夫かしら…。)」
「義姉上、お顔色が優れていないようですが…大丈夫ですか?」
「!千寿郎…ごめんなさい、心配させてしまって。」

大丈夫よ、と笑いかけるが、気が気ではない。

「(…お館様がご存知ないとは思えない。炭治郎は水の呼吸の使い手、庇って下さったとおっしゃっていたし水柱様がきっと…。味方が居ないわけではないと思うけど、お師様や他の柱の皆様はきっと斬首をとおっしゃるわ。…私は…此処に居ていいの?)」

煮え切らない考えがぐるぐると頭の中を周り、菫はなんだか気分が悪くなってきた。
みるみるうちに顔を蒼白くさせていく義姉を心配した千寿郎の声も、どこか遠くに聞こえてしまう。

「(なにか…何かしなくては…。)」

ふと、藤の花の家紋の家で再会したときの事を思い出した。
あの時共にいた隊士は?善逸と伊之助も、炭治郎が鬼を連れていることをしっているはず。

「(二人ならきっと、)、千寿郎、ごめんなさい、私も出掛けてくるわ。」
「え、義姉上!?」
「お昼までには戻るから!」

突然羽織をひっつかみ、駆け足で屋敷を飛び出した義姉とどこからかやってきた彼女の鎹烏を、千寿郎は呆然と見送った。



◆ ◇ ◆



菫の鎹烏が言うには、炭治郎達は昨日まで任務にあたっており、生き残った隊士は蝶屋敷に運ばれたとのこと。ごめんください!と駆けつけた菫のあまりの大声に、静かにしてください!と玄関へ駆けつけたアオイが怒った。

「アオイさん!」
「菫さん、らしくありませんがどうされたのですか?」
「あ、ごめんなさい、…あの、貴女達の所に、猪頭を被った隊士と、黄色の髪の隊士は来ていない?」
「昨日運び込まれた人達なら大部屋にいらっしゃいます。」
「ありがとう!」

てきぱきと受け答えをしてくれたアオイに礼を告げ、大部屋へと急いだ。近づくにつれ何やら騒がしい声がする。患者が暴れでもしているのだろうか?よく聞いていると、声の主はどうやら菫が探していた人物のもののようで、菫は大部屋へと飛び込むように入った。

「いやああああナニコレすげえ苦いよ辛いよ何で俺の手足こんなんなのなおるの!?本当によくなるの!?」
「…!善逸…!」

想像していたよりも元気そうな同期の姿にほっと一息つくと、音に気付いた善逸が菫の方へ顔を向けた。

「え?あれ?菫ちゃん…?どうして?」
「少し聞きたいことがあって…、…あれ、伊之助は?」
「あ、ほら、隣にいるよ。」
「え?」

静かすぎる善逸の隣のベッドに目を向けると、上半身を起こした伊之助がいた。
療養服にしっかりと身を包んではいるものの、いつもの猪之頭は被ったまま、どこか様子がおかしい伊之助に疑問を抱きつつも、菫は伊之助に声をかけた。

「伊之助、会えてよかったわ。伊之助怪我はしていない?大丈夫?」
「…」
「…おい伊之助、菫ちゃん心配してくれてるぞ。」
「(…寝てしまってるのかしら?)善逸、大丈夫よ。無理はさせたくないから、貴方に用件を…」
「…ウン、大丈夫ダヨ。」
「…、え、…え??」

猪之頭から聞こえてきたのはあまりにも覇気のない声。
普段の伊之助からは考えられないくらい情けない声に、菫は目を丸くした。

「い…伊之助、大丈夫…なの?」
「なんか喉潰れてるんだって。」
「え!?」

詳しいことは分かんないんだけどね、という善逸の説明を聞きながら、菫はどこか上の空だった。

「(伊之助と善逸がこんなになってるんだもの、きっと炭治郎もぼろぼろだわ。でも、…)…二人とも、生きてるのね。」
「え?あ、うん、生きてるのが不思議なぐらいだけど…そういや炭治郎はどこ行っちゃったんだろ?」
「!、善逸しらないの?」
「うん、ここに運ばれた時は伊之助しか居なくてさ。大丈夫かなあ?」

禰豆子ちゃんの箱もないし、一緒だとは思うんだけどさ、と心配そうにする善逸を見て菫は直ぐに理解した。柱合会議の事を、この二人は知らされていないのだ。ならばわざわざそれを伝えて、不安にさせるわけにはいかない。

「善逸、」
「!!?菫ちゃん!!!??え、え、どうしたのて、て、てててて手!!!?」

短くなってしまっているという善逸の手のあたりをぎゅっと握りしめた菫は、騒ぐ善逸に構わず言葉を続けた。

「大丈夫よ、きっと炭治郎は大丈夫。禰豆子ちゃんも一緒に、二人できっと蝶屋敷に来てくれるはずだわ。大丈夫よ。大丈夫。」
「、菫ちゃん、それ…」
「伊之助、」

くるりと振り向いて、伊之助の両手を、善逸の時のようにぎゅっと握った菫は、優しく笑いかけながら伊之助を励ました。

「伊之助、喉が潰れてしまうくらい頑張ったのね、君が生きていてくれてよかったわ。」
「…デモ、弱カッタ。」
「なら強くなりましょう?もっと強く、君は元から強いのだから、大丈夫よ、きっともっと強くなれるわ。」

ね、と笑って立ち上がった菫は、水入れを手に取り再び二人へ笑いかけた。

「多分もうすぐ炭治郎も来てくれるから、大丈夫よ。三人共生きて帰って来れたんですもの。きっと炭治郎は喜んでくれるわ。大丈夫よ。」

お水取ってくるわね、と返事も聞かずに廊下を駆けていく菫を、善逸は後ろから見送った。

「…自分に言い聞かせてる感じ…だったよな。」

大丈夫、という彼女から聞こえたのは、不安と心配の音だった。