日暮れ前には夜営の準備を始めた。天幕を張ったり火をおこしたり、食事の準備をしたりとやる事はいくらでもある。私も手伝いを申し出ると、炊事の仕事をいただいた。普段からの仕事で慣れているので早速取り掛かろうと、食材を籠に入れていると、遠くに人影が見える。騰様と録鳴未様だ。きっと見張りの位置を確認しているのだろう。いつ何処から敵が襲ってくるかわからない広大な夜営地では交替で何人もの見張りが必要だ。
一人では成せないことも、沢山の人がいれば成せる、この人の集まりが軍である。そして今は私もその一端を担っている。まだ戦いには参加出来ないけれど、せめて少しでも美味しい食事を作ろう。



食事の評判は上々で、あの麟坊様にも褒めて頂けた。後片付けを終えると日はとっぷりと暮れて辺りは暗くなっていた。火をおこすと仕事は終わり、自由時間となったので明かりを持ち、天幕とは反対側にある小高い丘に登ってみた。夜の風はまだ少し冷たい。周りには誰もいないが、身体が冷えるので火をおこし、草の上に腰を下ろした。
丘から天幕の方を見下ろすと歩兵達が見える。炎の周りに人が集まり、それぞれと酒を酌み交わす。王騎様が皆に酒を振る舞われたのはこの為か、ああやって士気を高めるんだなあ。
かさりと背後で草の音がして、反射的に振り返る。


「あ、王騎様っ」

「ンフフ、一人で何をしていたのですか」

「ここから歩兵の様子を眺めておりました。王騎様こそいかがされましたか」


王騎様はコココと笑いながら私の横に腰を下ろす。目の前の炎がゆらゆらと私達を照らしながら影を作っていた。


「明日は貴女の初陣ですよ、見ているだけですけどねェ」


王騎様の手に布袋があった。私の目の前でそれを広げると中には酒瓶と杯が二つ。思わず顔を上げると王騎様が杯を差し出した。この酒瓶には見覚えがある。そうだ、王騎様がずっと大切にお部屋に置いておられた、とても美味しいから大事な日まで取っておいているのだと仰っていた。


「こんな、私の為に……」

「言ったでしょう、貴女をとても大切に思っていると」


杯を受け取る手が震えているのを見て、王騎様は優しく私の頭を撫でた。そして瓶の栓を開け、二つの杯に酒を注ぐ。ふわりと芳香が漂い、それだけでも美酒であると分かった。


「だから私にとっても大事な日なのですよ」


鼻の奥がつんと痛くなる、堪えないと前が見えなくなってしまうだろう。私の拙い言葉では到底言い表せないけれど、


「とても嬉しいですっ、私は幸せ者です!」

「フフフ、それは良かった。では、貴女の初陣に……」


王騎様の真似をして零れないように杯を掲げ、私も一気に飲み干した。口の中までふくよかな香りが広がり、それまでも味わう。思ったよりも飲みやすい、と惚けているともう杯には次の酒が注がれた。


「晶霞、貴女の初陣を勝利で飾ると、この王騎が約束しましょう」


王騎様の言葉を聞くと心臓が大きく鳴り、全身に血が巡るのが分かるよう。また二人して酒を口内に流し、今度は私が王騎様の杯に酒を注ぐ。酒のせいか炎が近くにあるせいか、少し頬が熱くなった。


「身に余る光栄にございます」




しばらくすると少しふわふわするような独特の感覚をおぼえる。夜も更ける頃には酒瓶が空になっていた。もっと大事に飲めば良かったかもしれない。でも、王騎様と一緒に飲んだ酒の味、夜風が運ぶ焚き火の匂い、この夜の事を私は一生忘れない。何一つ、忘れない。