「録鳴未様が敵将魯黄を討ち取られました!!」
伝令の言葉におお、と本陣が湧き立つ。敵将軍を討ち取ればこちらの士気は更に上がる。右軍は録鳴未様を先頭に敵陣へ押し込んでいた、逆に左軍の麟坊様は苦戦しているのか未だに押されているようだ。敵本陣は右へ移動している、右軍にいつでも援軍を送れるぞと圧力を掛ける為だろう。こちらの本陣からはそれぞれ数百人単位で援軍を送り、兵を休ませる拠点を作っていた。休む兵、戦う兵、皆それぞれに役割がある。
「晶霞」
「はい、右軍へ行かれるのですね」
騰様は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに頷き周りの騎兵に声を掛ける。きっと敵本陣では右軍に圧力を掛けつつ左軍に援軍を送っているのだろう、こちらは余裕のある中央から援軍を送ればいい。始めから左に兵が片寄るのを待っていたのだ。上手くいけば騰様の刃が敵本陣か、本陣守備の将の首に届く。
「騰、準備は良いですか」
「ハッ! 三千ほど連れて行きます」
「頼みましたよ」
連れて行く兵の数が少ない、いくら騰様でも本陣を襲うには兵の数が足りない。そんな心配を余所に騰様は騎兵達と共に前衛へと向かった。それを見届けると、王騎様は私を側へ呼び寄せ、本陣を僅かに前進させた。
「これは……」
「ンフフ、騰の騎兵隊も囮です」
囮、そうか、いや、でもまさか
「まさか、初日から総力戦をなさるのですか」
「やはり貴女は頭が良い」
左軍へ援軍を送る敵本陣に右から騰様が仕掛ければ、必然的に本陣の守備は右へ流れる。ならば薄くなるのは中央。こちらも中央には一番多く兵を配置しているし、合図で騎馬の道を開けさえすれば一直線に敵本陣へ迫れる。
「左軍の兵の配置も、苦戦も、最初から意図されたものですね」
「ええ、そして本陣を右へ動かしました」
本陣を右へ移動させて、敵の意識を中央から逸らせた。ここから中央へ方向転換すれば多少敵に対策を講じる時間を与えるはずだが、王騎様の騎兵隊ならばほとんど問題にならないだろう。
「と、いう訳で、貴女は後陣と共にここに残っていただきますよ。すぐに騰が戻りますから」
「はい。ですが、間近で王騎様の戦いぶりを拝見出来ないのがとても残念です」
「フフフ、では兵を率いる私の背を見ていなさい。そうそう見れるものではありませんよ」
王騎様は力強く笑って、周りの兵を集め突撃の準備を始めた。
背を見る、か。
その時、とても懐かしい事を思い出した。それは一度甦ると思考を支配するほどで、どうして今まで忘れていたのか自分でも分からなかった。
『戦の時の王騎様の背中にはね……』
「勝利は目前! いきますよォ!!」
王騎様を先頭に崖のような下り坂を馬が一気に駆け抜ける。それは見た事の無い、戦に臨む王騎様の姿だった。瞬間、全身が粟立ち、込み上げてきたものに阻まれてそれは声にならない。熱さで胸が苦しくて、それでも目が離せなかった。
ああ、姉様。貴女はこの事を仰っていたのですね。ずっとこの光景をご覧になられていたのですね。
『戦の時の王騎様の背中にはね、大きな翼があるの。それがとても格好良いの!』
どくりどくりと心臓が鳴る、芽生えた熱が全身に広がり、訳の分からないまま泣いていた。
だめだ、こんな想いに気付きたくなかった、だって絶対に手の届かない方だから。
姉様、ごめんなさい。
「私も、王騎様の事を……」
手の平で自分の顔を覆い隠し、小さく呟いた言葉は、わあぁという一際大きな歓声を乗せた風が攫っていった。
To be continued.