少しずつ少しずつ、何かが動き出しているように感じた。



その何かを見る事は出来ないけれど、王騎様から世の移り変わりや兵法や剣、さらには人の心理や過去の戦、様々な事を学ぶ中でその何かを薄らと感じるようになっていた。王騎様が戦場を離れてからも、騰様と隆国様が他国の情勢について情報収集をされていたお陰で、普段あまり外に出ない私でも中華の小さな変化を知る事が出来た。
そして、この秦国でも荘襄王がお亡くなりになられ、その御子が新たな王に即位されるという大きな変化を目の当たりにしていた。



「晶霞」

「はい」

「何か考え事ですか」


王騎様から兵法を学ぶ最中、心を読むように声を掛けられた。いつもの事ではあるが、どうして分かるのだろうと笑みが溢れる、口元を手で押さえて持っていた筆を置いた。


「我が国は王騎様が以前私に仰っていた通りに動いているので、やはり卓越した先見の明をお持ちなのだと思っておりました」


先日即位された大王様はまだ加冠も終えていない若君だった、当然のように後継人として先王の信頼の厚かった呂不韋様が丞相に就かれ、すぐに国内だけでなく国外との商いを盛り立て、文官の登用や掌握、果ては政にまでその力を及ぼすようになっていた。その為、朝廷は大王様派と丞相様派に分かれ、日々権力争いに躍起になっているようだった。


「フフフ、それは貴女も同じ事。私が教えた事をよく学び、理解しているからこそ私の考えに触れる事が出来るのですよ」

「ありがとうございます、更に精進致します」


褒められた事が嬉しくて少し気が抜けていた、だから王騎様の手が優しく髪を撫でるのを、ただゆっくりと受け入れていた。


「本当に成長しましたね、あの時よりもずっと」


その手の温もりを感じた瞬間、顔が熱くなる。初めに目を背けた、今、目を見られれば悟られてしまうと思ったから。そして顔を逸らした、表情を作らないとみっともない顔を晒す事になる。いつもなら気を付けていて、お側にいてもこんな風にならないのに。


「私が成長出来ているのだとしたら、王騎様や騰様達のお陰です」


この温かい御手のお陰で私はここにいられるのだ。笑顔を浮かべて王騎様の目を見た、苦しくなるけれど表情を崩さず、自然な声を出せるように。


「王騎様、そろそろ食事の支度をして参ります」

「ええ、頼みましたよ」


王騎様の手が離れると木簡と筆をまとめて席を立ち、一礼して部屋を後にした。しばらくゆっくりと歩いて、部屋から遠ざかると小走りで炊事場に向かう。本当に私は王騎様が仰るように成長出来ているのだろうか。
顔に手を当てると熱が戻っているのが分かった、こんな顔誰にも見せられない。幸い他の家人は買い出しに出掛けていてほとんどいなかった、静かな回廊に私の足音だけが響く。顔を洗ってから支度をしよう、急がないと日が暮れてしまう。