『最近、ほとんど食事を摂っていないと聞きましたよ』
それは摎姉様が亡くなって、少ししてからの事だった。いつものように食事の支度を終えて、王騎様が食卓に降りて来られ、部屋の隅に立つ私をご覧になられて仰ったのだ。
『大丈夫です、食欲があまり無くて……』
朝も昼も晩も私が考えるのは姉様の事だった。姉様はあんな事を仰っていたとか、あんな風に笑っていたとか、姉様の事を思い出にしたくなくて、ずっとずっと心を姉様の事で一杯にしていたかった。
『殿、失礼致します』
声の方へ視線を向けると、騰様がいた。今外から帰ったばかりのような様子だったので、慌てて駆け寄ると私を見た騰様は驚いた表情をされた。荷物を近くの部屋へ運ぼうと持ち上げた時に今度は私が驚いた。
『っ……』
それは鉛のような重さで、持ち上げようと力を込めても少し浮かせるだけで精一杯だった。騰様の荷物が特別重い訳では無い事は包みの大きさを見て分かる、思わず自分の腕を見た。
『晶霞、大丈夫か』
騰様の伺うような声色に情けなさがこみ上げる。
『も、申し訳ございません』
『よい、無理をするな』
結局、騰様は自ら荷物を運び、身軽な格好でまた戻って来られたので、食卓に騰様の分の支度を始めた。
『今日は三人で食事をしましょう』
『さすが、殿。良い考えです』
『……えっ』
『賑やかなのもたまにはいいでしょう』
断りの言葉も聞き入れられず、とりあえず食卓の準備を整える。炊事場から戻るとすでに王騎様達はお互いに酒を注ぎ合っていた。自分の分の料理を置いて席に着くと王騎様が杯を持ち上げた、騰様も同じようにされたので一つ遅れて私も杯を上げる。
『では、いただきましょう』
王騎様も騰様も酒を飲みながら箸を動かすが、私は王騎様の隣で固まったまま箸を持つ事も出来なかった。食べたいと思えない、どうしてだろう、姉様。
『貴女の料理は本当に美味しいですねェ』
『美味しい、ですか』
王騎様の杯が空になったので新たに酒を注ぐ、すぐにそれを半分ほど飲んでまた料理を口に運ばれる様子を見ている、しばらくそのままでいると王騎様は杯を置き、悲しげにしかし優しく私に笑いかけた。
『晶霞、摎を想うなら、貴女が強く生きなくては』
姉様はもういない、もう帰ってこない。姉様の事を考えてもそれはもう記憶の反芻でしかないのだ。
王騎様だってきっとお辛いはずなのにこうして私を気にかけて下さる、姉様の死からずっと逃げているだけの私に、強く生きろと仰って下さる。もう、このような情けない自分は嫌だ。姉様が剣を取って戦ったように私もそうありたいと願った、姉様が歩けなかった道を私が代わりに歩く事が出来たなら、いつか姉様の所に行けた時に私を褒めて下さるだろうか。
強く生きなければ、姉様のように。
『王騎様、私も強くなりたいです』
『ええ、貴女なら必ずなれますよ』
箸を持ち、白米を掬って口に入れる。米はこんなに甘かっただろうかと無性に目頭が熱くなった。そんな私の様子を見て騰様は心底安心したようなお顔をされていた。
『そのお酒も美味しいのですか、飲めば強くなれるのですか』
『そうですねェ、これはまだ貴女には少し早いですよ。でもいつか、皆で酒を飲めるといいですね』
『はい、いつか王騎様や騰様と酒を酌み交わしたいです』
『晶霞と酒を飲むか、楽しみだな』
騰様は穏やかに口角を上げて笑い、王騎様はゆっくりと酒を飲み干した。様々な想いも全て綯い交ぜにして透明の波がゆらゆらと揺れる、それはとても悲しくて綺麗だった。