竭氏の使者が王騎様の城を訪れたのは王騎様からのお話があってからわずか二日後の事だった。反乱の決行は明日の夜、宮殿に火を放ち大王様を暗殺する。王騎軍は咸陽の周辺で待機し、逃げ延びた残党があればこれを討てと言伝を残し去っていった。王騎様は昌文君一派が宮殿から逃げ遂せると確信している。私に命じられた役もきっと意味がある。
本当に私で大丈夫だろうか、騰様の方が首尾良く事を運べるのではないか。失敗する訳にはいかないと思えば思うほど不安が募った。王騎様の目的は彼らを殺す事ではない。なるべくなら誰も傷付けたくはない、加減をしながら剣を振るい上手く森へ逃がさなければ。
「晶霞」
後ろを振り返ると騰様が立っており、右手には剣が握られていた。その表情を不思議に思って歩み寄ると、一呼吸も終わらないうちに切っ先が私の喉元に据えられた。肌が粟立ち思わず息を呑む。
「手加減しようなどと考えるなよ」
鈍く光る剣先をゆっくりと横に払い、私の目を見据えたままそれを収めた。背中に汗が伝うのが分かる、騰様の殺気をこの身で受けるのは初めてだった。
「明日の相手はお前にとっての敵ではないが、相手にとってお前は反逆者で敵だ。本気で、殺すつもりで剣を向けてくるのだ」
「……」
騰様の言葉に気付かされた。そうだ、私は結局大切な事が分かっていなかった。
私は明日反逆者になるのだ。誰かにとっての敵になり、その誰かの守りたい人を殺そうと振舞わなければならない。私が逆の立場ならどうだ。必死で、死に物狂いで立ち向かい、相手を殺そうと力を振り絞るに決まっている。そんな人達を相手に手加減をするなどとよくも考えたものだ。
一から頭の中を入れ替えろ。たとえ私が救済者だと言っても、殺すつもりはないと言ったとしても、相手がそれを信じる訳がない。反逆者になりながら相手の剣をかいくぐり、まず身代わりのいる所まで辿り着かなければならないのだ。
「私のすべき事がやっと分かりました」
「後ろには私がついている、お前は全力で進め」
「ありがとうございます」
騰様の表情が緩み、手が私の頭を撫でる。やっぱり子ども扱いされているのでは、と騰様を見上げたがそれを止めようとはなさらなかったので私も大人しく受け入れた。