あの日から数日経ち、大王様が城を追われたという話は咸陽だけでなく国中に広がっていた。
王騎様や軍の一部は反乱に協力した対価として得た昌文君の土地に移り、昌文君の妻子を引き渡せと再三訪れる竭氏の使いをすげなく追い返していた。
私はここにいる間その妻子の世話を任され、日中のほとんどを城の中で過ごすことになった。

昌文君の妻と初めて顔を合わせた時、こちらが声を掛けるのを躊躇うほどの覚悟を感じさせる表情で、微塵もそれを崩そうとしなかった。夫の敵を相手にすれば当たり前だと分かってはいても、やはり心苦しさを覚える。せめてお側にいる間は能う限りのお世話をさせていただこう、不自由を感じさせないようにしよう。そう決めて淡々と身体を動かした。


「貴女……」


反射的に顔を上げると彼女と目が合った。私に向けられた言葉と理解して、何でしょう、と返す。


「名はなんと」

「晶霞でございます」


晶霞、と確かめるように小さく、けれど穏やかに私の名前を繰り返し、息を吐くように口角を上げた。綺麗な仕草に思わず見蕩れてしまう。


「ありがとう、王騎将軍は私達を匿ってくれているのでしょう」


何と答えるか少しだけ迷った。
結果的にはそうだが、王騎様はこの反乱そのものを利用しているとも言える。純粋に大王様や昌文君を助けようとしての事ではないのだから、感謝されてもそれを受け入れる事に少し抵抗があった。


「困っているわね」

「いえ、ただ」

「理由はどうあれ私達は王騎将軍の計らいで今ここにいられる、貴女が身の回りの世話をしてくれるお陰で不自由なく生活出来ている。だからありがとうと言いたいの」


王騎様のお考え通りになるならば、大王様達は咸陽に戻ってくる。その時に何人が無事だろう。この美しい人は夫の無事を心から祈っている。悲しむ顔は見たくない。けれど私の立場でそれを口に出すのは憚られた。


「優しいのね」


私の表情から考えを察したのか、宥めるように柔らかく笑う。そういえば、初めて笑顔を見たかもしれない。私もつられて表情が緩む。


「そろそろ、お食事の準備を致します」

「ええ」


一旦部屋を後にすると、じわりと目頭が熱くなった。
どうか無事でいてほしい、昌文君もあの少年も。皆どうか生きていてほしい。大切な人がいなくなる悲しみ、引き裂くような心の痛みも、よく分かるから。あんな思いは誰にもしてほしくない。ぎゅっと拳を握り締め、天井を見上げた。