「お戻りでしたか、お帰りなさいませ」
昨日から外出しておられた騰様の姿を見付けて声を掛ける。荷物を運ぼうと近付けば、髪や肩が少し濡れている事に気付いた。肩に掛けた荷物を下ろしながら、ばさりと髪をかき上げる。
「西の方で雨に降られてしまった」
「でしたらすぐにお着替えをお持ち致しますから、お部屋でお待ちください」
部屋まで荷物を運び、着替えを取りに別の部屋へ向かう。この辺りは晴れているからずいぶん遠出されていたんだな。王騎様から情報収集を任されている騰様は外出される事が多くなった。騰様が西から帰って来たという事は、昌文君一行も西へ向かったという事だろうか。聞けば彼らの事を教えて頂けるだろうか。
棚から乾いた布と着替えを取り出し、小走りに部屋を後にした。
部屋の外から声を掛け、返事があってから中へ入る。濡れた上半身の着物を下ろした騰様が私を側へと呼び寄せた。
「背中を拭いてくれないか」
「はい、そちらへお掛けください」
そっと布を背中に宛てがう。厚みのある筋肉は
作り物のようだと思った。私がどんなに身体を鍛えても、このような屈強な肉体を得る事は出来ない。骨格もそうだ、何もかもが私とは違う。
「私も騰様のような男に生まれたかったです」
「何だ、突然」
「私が男であれば、もっと王騎様や騰様のお役に立てたのではないかと思ったのです」
そびえるほど大きな身体を持ち、剛健な兵となって剣の腕を磨けば、私でも戦場でお役に立てたのではないだろうか。騰様や姉様と肩を並べるほど強くなれただろうか。
騰様は黙ったまま私の言葉に耳を傾ける。
「王騎様は騰様を信頼されていて、騰様はいつもその信頼に素晴らしい結果で応えておられます」
お二人の関係は私にとって不可侵なものだった。お互いにしか分かりえない感覚が確かにあり、常人の思考を超えたところで繋がっているよう。きっとかつては姉様もそうだった。それがとても羨ましかった。
「私も騰様のように強ければもっと王騎様のお側に、」
言い掛けて思わず口を噤んだ。刹那、それを後悔した。
話の流れを考えれば可笑しな発言ではなかったはずなのに、王騎様の事となると過敏になり過ぎている。変に思われただろうかと手の平に汗がにじむ。
「晶霞」
顔を上げると後ろを振り返った優しげな双眸が私を捉えた。椅子に腰掛けていていつもより距離が近い為か、私が今までに見た事のない表情をされているように思えた。
大きな手が私の頭を撫でる。いつもなら子供扱いされていると感じるのに今日は違った。騰様の手は温かくて安心する、そんな事に今更ながら気付いた。
「お前はそのままで良い」
私を映す美しい瞳が一瞬揺れる。手はゆっくりと離れていく。吸い込んだ息は言葉になっていた。
「今の私のままであっても、王騎様や騰様のお側にいても良いですか」
一瞬、驚いたような様子で私の目を見ると椅子から立ち上がり、いつもの様に私は騰様を見上げる形になる。あ、また表情が違う。そう思った瞬間に大きな身体が少し屈んで私を抱き竦めた。ぎゅうっと力が込められたかと思うと、肌が触れる箇所から騰様の体温が私に移る。
「ああ、ずっとな」
すっぽりと腕に収まる私の頭の上から穏やかな声が降ってきた。胸の奥にじわりと広がる熱を感じ、ほんの少し頬が緩む。子供扱いされるのもたまにはいいのかもしれない。