「大王様達が咸陽に戻るにはまだしばらく掛かりそうでしょうか」
「そうだな、今は西方の山に向かっているようだ」
「山、ですか」
着替えを終えた騰様は大王様達について話してくださった。
負傷者も多い中、昌文君と大王様は合流し、秦の西側にある山に向かっている。騰様は王騎様の命に従い合流を見届けた後、尾行を中止して戻られたようだ。
胸の内にある不安は大きくなるばかりだった。大王様達が咸陽に戻っても王弟君や竭氏を倒せなければ意味がない。今の大王様達にそれ程までの力は無いだろう。王騎様はこの状況をどう見ておられるのか、何か逆転の手が残されているのか、もう少し王騎様のお考えが分かれば良いのに。
「あの少年の姿はありましたか」
「子供は何人かいたようだったが、どうだったか」
あの少年の事もやはり気掛かりだった。あの森で見失ってから、ふとした時に思い出してしまう。あの光を閉じ込めたような瞳、身体の内側を震わす声、きっと彼は特別だった。無事に合流出来ていれば良いが。
騰様が静かに目を閉じた。それでなくても雨に打たれてお疲れのはず、しつこく質問してしまった。
「騰様、ありがとうございました。夕餉の準備が出来たらお部屋にお持ちしますのでそれまでお休みください」
「ああ、すまないがそうさせてもらおう」
「すぐにお部屋にお茶をお持ちしますね。その時に濡れた着物も回収致します」
私が椅子から立ち上がると騰様がふっと笑った。
「お前は働き者だな」
本当にそうだろうか。不安を振り切るように笑った。
「私でお役に立てるなら、これくらいどうということはありません」
「無理はするなよ、倒れでもしたら殿に何と言われるか」
「騰様達に鍛えていただいておりますから、ご心配には及びません」
その時、遠くで蹄の音が聞こえた。あっ、と思わず声がこぼれる。騰様も気付かれたようで、二人して玄関に向かう。
「お帰りなさいませ、王騎様」
「ただいま帰りましたよォ。騰も戻っていたのですね」
「ええ、先ほど」
竭氏の偵察隊が目を光らせている中、息抜きに城の周りで馬を走らせておられたため軽装ではあるが、一応矛を携えておられたようだ。肩に担がれていた矛を両手で受け取る。騰様が耳元で何かを呟やくと、王騎様は口角を上げて面白そうに笑った。その様子を横目で見ながら王騎様の部屋に向かう。
矛を台の上に置くと、刃に映る自分と目が合う。王騎様の目に私はどう映るのだろう。子供のように思われているのは分かっている。
騰様には働き者と褒められたが、自覚はなくても王騎様に良く思われたいという浅ましい心からの行動なのではないかと怖くなる。違うと言い切れるか、自分がそれほどまでに欲深い人間だと思いたくはない。けれど、ふと考える事がある。私がもし摎姉様なら、と。
愚かな考え、叶うはずもない願い。
私が本当になりたいのは摎姉様だ。
To be continued.