屋敷の従者と数人で買い出しに出掛けた先の道すがら、人の集まる立て看板に足を止めた。
「歩兵募集」
「やっとあの反乱の整理がついたようだな」
「騰様っ、どうしてここに」
「殿からの伝言だ、酒を仕入れて来るようにと」
先ほど買ったばかりの酒は馬の背に積んでいた。これでは足りないということか。宴会の予定はなかったはずだが更に酒を買い足すため酒屋に戻ることにした。
「他の者は屋敷に戻って良いぞ」
他の荷物を積んで先に戻る従者に酒を預け、騰様と馬を引きながら歩いていると僅かな砂埃と共に強い向かい風が吹いた。思わず目をつぶってやり過ごすが、髪をまとめていた帯が解けてばらばらと攫われる。
「髪が伸びたな」
目を開けると騰様の手には風に飛ばされたと思った帯があった。
「ありがとうございます。そろそろ切らねば邪魔になってきました」
受け取った帯で髪を結わえ、毛先を摘んでみる。最後に切ったのはいつだったか。
「似合っていると思うがな」
予想しなかった言葉が返ってきて一瞬返答に困ってしまう。似合う似合わないで考えたことはなかった、私の歳にもなれば外見に頓着のないことは褒めれたことではないのかもしれない。立ち止まり黙り込んだ私を見て騰様は笑う。
「ほら、行くぞ」
「は、はいっ」
再び訪ねた酒屋で大量の酒を仕入れ、騰様と私の馬に積んでいく。これだけあれば王騎様達が浴びるほど飲んでもそう簡単にはなくならない。代金を支払って馬を引くと心なしか馬の足取りも重い。馬が不満げに鼻を鳴らす。もしかして積みすぎたか。
「一人暇な奴を荷物持ちに呼んだんだが、遅いな」
「助かります、少々買い過ぎてしまったようですから」
「辺りを見てくるからここで待ってろ」
頷いて手網を受け取り、騰様の背中を見送る。
魏との戦、信が歩兵募集を知ればまず手を挙げるに違いない。天下の大将軍になる、と大きな夢を語った少年はどう成長していくのだろう。また、会えたら良いな。経験を積んで少し大人びた信と戦場で、また会えたら。
「晶霞!」
「録嗚未様!?」
声と同時に雑踏の中から息を切らせた録嗚未様が姿を現した。私と目が合うと安心したように長い息を吐く。
「大丈夫かっ、何があった」
「えっ、大丈夫とはどういうことですか?」
須臾の後、私の様子を見て何を思ったのか、録嗚未様は額に手を当て天を仰ぐ。仕草の意図を図りかねた私は録嗚未様の顔を覗き込むが、こめかみには青筋が立ち、とてもそれ以上を尋ねられる状態ではなかった。
「騰はどこだ」
「と、騰様なら……う、」
「う?」
「後ろに」
恐る恐る指を指すと色をなした録嗚未様が振り返り、騰様に詰め寄る。
「晶霞が助けを乞うているから今すぐ村に行け、と言ったな」
「嘘は吐いていない」
やり取りを聞いて顔から熱が引いていく。騰様が呼んだ暇そうな奴とは録嗚未様のことだ。しかも多少大袈裟に伝えられ、慌てて馬を飛ばして来てくださったことは先ほどの様子からして明白。今にも胸倉を掴みそうな勢いで録嗚未様は更に距離を詰めた。
「ろ、録嗚未様っ」
録嗚未様を離そうと二人の間に腕を滑らせる。そのまま少し体重を掛けるが録嗚未様の身体はびくともしない。体格の差は感じるが、もう一度足を踏ん張ってぐっと体重を掛けた。すると小さな舌打ちと共に録嗚未様の身体から力が抜け、一歩後ろに下がる。声を発する間もなく、反発する力がなくなって呆気なく前のめりになる私の身体は倒れた先の録嗚未様に支えられた。再び長い息が吐かれる。
「荷物はこれだけか」
「は、はい」
「お前の馬の分は半分、俺の馬に積み替えろ」
険のなくなった物言いは私に対しての呆れからか、碌に聞けないまま言われたとおり録嗚未様の馬に酒を積み替える。荷が少なくなった分馬の足取りは軽く、私が乗っても嫌がる様子はなかった。
「録嗚未様、ありがとうございます」
「ああ」
騰様に向けた非難の視線は呆気なく受け流され、居た堪れない気分のまま帰路についたが、録嗚未様はあまり引きずる様子もなく他愛ない話をしてくださったので私の心も幾分救われた。