12
お店を出る頃には夕暮れ時が近付いていた。どうやら長々と話し込んでしまったらしい。ご飯があまりにもおいしかったので、そのあとにデザートまで食べてしまったのも遅くなってしまった原因のひとつではあるけれど。
「もうこんな時間ですか……長居をしてしまいましたね」
「いえ、いっぱいお話出来て楽しかったです」
昴さんのおかげで、心にかかっていた靄が少し晴れた気がした。異性と……いや、彼氏とこんな風に食事をしながらゆっくり過ごすのは随分と久しぶりだ。
「あまり遅くなってしまってもいけませんし、今日はもう帰りましょうか」
二人並んで歩くのにもだんだんと慣れてきた。人間って都合のいいもので、昴さんのことを好きになれると思ったら昴さんにしか見えないんだから本当に不思議。どうしてあんなに赤井さんと重ねてしまったんだろう、と疑問に思ってしまうくらいに私の心は揺れ動いていた。
隣にちらっと目をやると、うん、やっぱり昴さんだ。どう見ても別人。とても赤井さんには見えない。
あのときはきっと赤井さんが突然いなくなってしまったショックで、無意識のうちにどこかに赤井さんを探していただけなのかもしれない。そのタイミングで昴さんに出会ったから余計に赤井さんと重ねてしまっただけ。きっと昴さんじゃなくても、あのとき出会った人がいれば誰でも赤井さんに見えてしまっていたような気もする。
赤井さんを思い出して涙する回数は減っていた。
今でもふとしたときに思い出してしまうことはあるけど、昴さんといるときは気が紛れて落ち込むようなこともなかった。
そして、そんな私の全てを昴さんはそのまま丸ごと受け入れてくれた。ひどいことをしているのは分かっている。でもそれだけのことで救われた気がした。昴さんが、心にポッカリ穴の空いた私を助けてくれた。支えてくれた。
このまま昴さんと一緒にいたら、きっとこの人のことを本当に好きになれる。前を向いてまた歩き出せる。赤井さんとのことをちゃんと思い出にできる。
そう思った矢先のことだった。
たまたま目をやっていた反対側の歩道に。
──赤井さんがいた。
息が止まるかと思った。
胸の奥をナイフで思いっきり抉られたような、言葉にできない程の衝動が私に襲いかかる。
振り返ろうとしたけど、体が思うように動かない。
待って、行かないで。本当に赤井さんなの?
じゃあ亡くなったって言うのは嘘?
でもあのときのジョディさん、とても嘘を言っているようには見えなかった。ジョディさんも悲しみを押し殺して私に話してくれていたようだったから。
でもそれじゃあ、今のは一体誰……?
まじまじと見たわけではないから本当に赤井さんだったのか、それともとてもよく似た別人だったのかは分からない。でも、あれはきっと……。
私はもうこの場から動けなくなっていた。立っていることもままならない足は、膝から崩れ落ちそうになる。が、隣にいた昴さんが支えてくれたおかげで何とかそれは免れた。
「名前さん、どうしました? 大丈夫ですか?」
思考が正常に働いていない私には、昴さんの問いかけに返答するほどの余裕もなかった。心配そうに見ている昴さんの顔が辛うじて認識できる。
一向に返事をしない私の名前を、何度も何度も呼んでいるのが分かった。けれど、その声もだんだん聞こえなくなってくる。
"心配かけてごめんなさい"
心の中で呟いた声は、昴さんには届かない。
「あ、かい……さ……」
意識が遠退く中で口にしたのは、さっき見たあの人の名前。昴さんに支えられたまま、私は目の前が真っ白になった。
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