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ここはどこだろう。

赤井さんが私の隣で穏やかに微笑んでいる。この表情が好きで、ずっと見ていたいと思った。赤井さんと視線が交わると、たったそれだけのことなのに頬が熱くなる。

こんな顔を見せるのが恥ずかしくて少し俯いて顔を隠してはみるけれど、赤井さんにはどうやら気付かれているようで喉の奥で笑う声が聞こえた。

なかなか顔を上げない私の頭に赤井さんの大きな手が置かれ、まるで壊れ物を扱うように優しく撫でてくれる。その手つきに安心してつい頬が緩んだ。

頭に乗せられていた手が後頭部に回されると、もう片方の手も腰へと回される。その動作でこの後何が起こるのか分かり、恥ずかしく思いつつも再び赤井さんと目を合わせた。
私の思った通り、赤井さんの顔が今にも息がかかりそうなくらいの距離まで近づいてきて、それを合図に目を閉じると、そっと触れるだけの口付けが降ってくる。
唇が離れて再び目が合うと優しく微笑みかけてくれて、自分の胸へと抱き寄せてまた頭を撫でてくれた。

やっぱり赤井さんは生きていた。
今までのことは全部悪い夢。
赤井さんが亡くなったなんて嘘だったんだ。


そう思っていると、今度は最後に会った日のあの言葉が聴こえてきた。


『名前、俺にもしものことがあったときは……』

赤井さん…?

『……俺のことは忘れてくれ』

やめて。

『そのときは名前のことを大切に思ってくれるやつを見つければいい』

そんなこと言わないで。

『俺に気兼ねする必要はない』

赤井さんじゃなきゃ嫌だよ。

『そんな顔をするな。もしもの話、だ』

赤井さんがいなくなる"もしも"なんて想像したくない。



その言葉を言い終えると、隣にいたはずの赤井さんがゆっくりと消えていく。

だめ。赤井さんがいない人生なんて考えられない。

お願い、行かないで……!





「……さん、名前さん」

私の名前を呼ぶ声にゆっくり目を開くと、昴さんが眉間にシワを寄せてとても心配そうな顔で私を見つめていた。

「良かった。気が付きましたか?」
「あれ……。私、なんで……」

ここはどこだろう。
気が付くと、私のアパートよりも随分と広く、見たこともない部屋のソファーに背中を預けていた。
今のは……全部夢だったんだ。
ゆっくりと体を起こし、思わず辺りを見回す。ソファーの前で片膝をついていた昴さんが、そんな私を見てここはどこなのか、どうしてここにいるのかを説明してくれた。

「ここは僕が今住んでいる家です。先程歩いていたら突然名前さんが倒れそうになり、そのまま気を失ってしまったようでしたのでここに運ばせていただきました」

私の家に連れていこうと思ったけど鍵もないし、もし鍵を見つけたとしても女性の部屋に勝手に入るのは躊躇われるのでやむなくここに連れてきた、ということだそうだ。


……思い出した。

さっき昴さんと歩いていたとき、赤井さんがいたんだ。亡くなったと聞かされていた赤井さんが。あの姿を思い出すだけで胸が締め付けられるほど苦しくなる。

「名前さん、大丈夫ですか?」

私の顔色が相当悪いのか、昴さんが本当に気にかけてくれているのが分かった。

「心配かけてすみません。でももう大丈夫です。ありがとうございました」

これ以上昴さんに心配をかけるわけにはいかない。それにこれは私の問題。昴さんは関係ない。もう帰ろうと思ってソファーから立ち上がろうとするけれど、さっきまで横になっていたせいか立ちくらみがする。そのまま倒れそうになったところを、目の前にいた昴さんがしっかりと抱き止めてくれた。

「もう少し休んでいた方がいいでしょう。今の名前さんを一人で帰す方が余程心配です」

抱き止めた体をゆっくりとソファーに下ろしてくれた昴さんは、飲み物をお持ちします、と言って部屋を出ていった。


昴さんに抱き止められたとき、赤井さんの腕の中にいるような気がした。昔から知っている感覚ととてもよく似ていた。

昴さんに触れると、どうしても赤井さんが頭をよぎる。さっきまでは別人だと思っていたのに、また昴さんと赤井さんを重ねてしまった。多分、さっきまで見ていた夢が余計にそうさせた。あの夢のせいで、赤井さんと過ごした楽しかった日々も、赤井さんがいなくなったあとの辛い日々も蘇ってくる。

やっぱり私は赤井さんのことを忘れられないんだ。何度忘れようと思っても、結局いつもまた赤井さんが浮かんでしまう。せっかく昴さんのことを好きになれると思ったのに、私の中にいるのは赤井さんだということに改めて気付かされる。

さっき見たあの人は、本当に赤井さんだったんだろうか。
じゃあ赤井さんが亡くなったって話は嘘?
一体何が嘘で何が本当なのかが分からない。
誰か、どういうことなのか教えてよ。


赤井さんを思い出して、一人静かに涙を流した。



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