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ジョディさんに会ってから二週間。
昴さんには会わないまま、一ヶ月以上が経とうとしていた。

今までこんなに会わないなんてことはなかった。定期的に連絡を取り合ってるとはいっても、ここまで会わない日が続くとさすがに寂しいと思ってしまうくらいには、恋愛感情なのかは分からないけど昴さんのことが気になっているみたい。
……自分から避けていたくせにこんなこと思うなんて、本当に自分勝手。

でも、もうそろそろ限界だ。さすがにこれ以上引き延ばすことはできないし、いい加減逃げてばかりではいけないと思っていた。

ジョディさんに会ったことでその気持ちは更に強くなり、背中を押されたような気がした。昴さんと、ちゃんと話さなければいけない。

でも何を話せばいいんだろう。ジョディさんは正直な気持ちを話せばいい、と言っていたけど私の正直な気持ちってなんなのだろう。

まだ赤井さんが忘れられない。それなのに、昴さんと一緒にいてもいいのか、というのが、正直な私の気持ち。
私の中では、今でもその葛藤が渦巻いている。でもそれを昴さんに伝えるのはいかがなものか。

付き合ってからそれなりの月日が過ぎ、その中のどれだけかは分からないけれど一緒に時を重ねた。その間に昴さんのことを好きになれていたら、こんなに罪悪感は生まれなかったのに。


ジョディさんに言われた言葉を思い出す。


──昴さんが私を愛している。


それを聞いてから、余計昴さんに悪いことをしているような気がしてしまった。私は昴さんに何もしていないのに、そこまで思われているなんて。その気持ちに応えられる自信がない。そんな風に思っていてくれる人を傷つけながら、このまま利用していていいのだろうか。

でも、今の私にはそんな昴さんに「別れましょう」なんて言う勇気もない。昴さんが私に、小さな希望を灯してくれたような気がしていたから。昴さんがずっと支えになってくれていたのは事実。

……結局私は昴さんを利用している。いつの間にこんな醜い人間になってしまったのだろう。でも赤井さんがもういないと分かった今、やっぱり昴さんのことを好きになるのが最善なんじゃないか、とも考えてしまう。

とにかく、昴さんに会おう。





『はい、沖矢です』

暫くコール音を鳴らすと、前に会ったときと変わらない昴さんの声が聞こえた。最近連絡を取り合う時はメールばかりだったから、携帯越しの声に耳がじんわりと熱くなる。

「苗字です。突然すみません」
『名前さんから電話をいただけるとは嬉しいですね。もしかして避けられているのではないかと心配していましたから。体調はいかがですか?』
「もう治ったので大丈夫です。お誘いいただいてたのにすみませんでした」

もしかしたら怒っているかもしれないと思っていたけれど、いつも通りの穏やかな声色で安心した。でもその反面、そんな昴さんに体調が悪いとかなんとか言って、嘘をついていたことに心がチクンと痛む。

『いえいえ、僕も研究で忙しくしていましたからお互い様ですよ。それにしても電話とは珍しいですね。どうかされましたか?』

聞かれると思った。普段はメールしかしないのに、今日に限って突然電話をかけるもんだから昴さんも何事かと思ったんだろう。

「……あの、昴さん、近いうちにお会いできませんか? 会ってお話したいことがあるんです」

会って話したい、と言うだけなのに妙に緊張してしまい無意識に声のトーンが下がり、声も震えてしまった。

『……分かりました。それでは、来週でも構いませんか?』

昴さんは何かを察したような気がした。返事をする前の"間"が、それを物語っている。別れ話、と思っているかもしれない。直接的なそれでなくても、結果としてはそうなる可能性はあるからあながち間違いではない。最終的にどういう結果になるかは分からないけど、今はとにかく話さなければいけないと思った。

「はい、大丈夫です。もしよかったら、なんですけど……昴さんのお家にお邪魔してもいいですか? あまり外で話せるようなことではないので……」

冷静に話せるかも分からないし、あまり他の人に聞かれたくなかった。だからといって私から話があると言ったのにわざわざ来てもらうのも申し訳ない。突然家に行くなんて言うのもどうかと思ったけれど、私が思い付く選択肢はこれしか残っていなかった。

『名前さんがよろしければ僕は構いませんよ』
「ありがとうございます。では来週お邪魔します」
『ええ、お待ちしています』


来週、私は昴さん本人を前にしてちゃんと話せるのだろうか。自分の気持ちをちゃんと言葉にできるだろうか。昴さんはどんな顔をしてそれを聞くんだろう。

一度逃げないと決めたけれど、既に不安と恐怖を感じていた。



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