18
とうとう昴さんとの約束の日が来てしまった。

この一週間、ずっと今日のことを考えていた。

昨日なんて久しぶりに昴さんに会う緊張と、自分の思いを伝えることへの不安でろくに寝られず、寝不足のまま今日を迎えてしまった。話したいとは言ったものの、一体何から話せばいいのだろう。ちゃんと話したいことを話せるだろうか。
考え始めると止まらなくなる。

でも、これ以上考えていても埒が明かない。約束の時間も近づいてきてしまったので、覚悟を決めて家を出た。


昴さんの所に向かう途中、高そうな外車が正面から走ってきた。道が細いため車はゆっくり走っていたので、その車が近くまで来ると乗っている人の顔がはっきり見えた。見覚えのある人だと思ったら、ジョディさん……と何だか恐そうな男の人が乗っている。向こうも私に気付いたみたいで、すれ違う少し手前で車が停まりジョディさんが降りてきた。

「名前偶然ね! どうしたの? お出掛け?」
「こんにちはジョディさん。ちょっと約束があって。ジョディさんこそどうしてこんなところにいるんですか?」
「私もこの辺りでちょっと用事があってね。今その帰りなのよ。それよりなんだか元気ないわね。また何かあったの?」

昴さんといいジョディさんといい、どうしてすぐに私の様子がおかしいことに気付くんだろう。それだけ私が分かりやすくて単純ということなんだろうか。

「……実は、これから彼氏に会いに行くんです。ジョディさんに言われて、やっぱりちゃんと話さなきゃいけないって思って。でも、話すことで余計にあの人を傷付けるんじゃないかって思うと……」

泣きそうになった私を、ジョディさんは優しく抱きしめてくれた。なだめるように背中をぽんぽんと叩く動作は、まるでお母さんみたいでなんだか安心する。

「……似た者同士……あなたもだけど二人とも本当に不器用ね。大丈夫よ。彼は名前のそういうところも全部受け止めてくれるから、名前の正直な気持ちを伝えるべきよ。彼を信じなさい」

何故かジョディさんは昴さんのことをよく分かっているような気がする。私でもまだ昴さんの考えていることが分からないというのに。やっぱり赤井さんに似てるからだろうか。

「この間も言ったけど、彼、あなたのこと本気で愛しているわよ。……きっと誰よりも、ね」

誰よりも……?
いつの間にそんな大きい話になっているのだろう。いくらジョディさんが昴さんのことを分かっていそうだとは言っても、さすがにそれはあり得ない。私のことを一番愛してくれる人、いや、愛してくれた人は自惚れかもしれないけどあの人だけだと思うから。

ジョディさんはそう言い残して、じゃあまたねと言って車に乗り込み去っていった。香水の匂いに混じってはいたものの、抱きしめてくれたジョディさんから微かに赤井さんと同じ煙草の匂いがした。今隣に乗っていた人、ジョディさんの彼氏かな。あの人が赤井さんと同じ煙草を吸っているのだろうか。

匂いが記憶を呼び起こすとは聞いたことがあったけど、こんなにも鮮明に思い出してしまうとは思ってもいなかった。これから昴さんのところに行くというのに、また赤井さんの顔が浮かんでしまいそれを咄嗟に振り払う。

いろいろなことを疑問に感じながら、いろいろな思いを胸に抱えながら、昴さんの所へと再び足を進めた。


──I'm sorry mean to you. (意地悪してごめんなさいね……)


ジョディさんが去り際に呟いた言葉を、私は知る由もなかった。



PREV / NEXT

BACK TOP