02
来葉峠の一件以降、俺はあのボウヤの協力もあり、"沖矢昴"に姿を変えて暮らしていた。住んでいたアパートが火事になってしまったが、あのボウヤの見事な計らいでこの工藤邸に身を置かせてもらえることとなった。
そのおかげで偶然彼女の住むアパートに更に近くはなったのだが、彼女の部屋に会いに行ったあの日から、彼女の姿を見かけた事はなかった。あえて会わないようにしているから無理もない。
もう名前は俺が死んだという事を聞いたのだろうか。ジョディなら恐らく、確実な情報となった後に名前にも伝えると踏んでいるが……。
あれからもう結構な日が経っている。伝わっていてもおかしくはないだろう。
自分で決めた事なのだが、どうしても名前の事が気になって仕方がない。彼女は元気でやっているだろうか。連絡を取ることも姿を見ることも出来ない今、それを知る術はなかった。
知ったところで、どうする事もできないというのに。
"沖矢昴"に姿を変えたのを機に、気分転換も兼ねて自炊をするようになった。この家の家主の妻である有希子さんが、変装術と共に料理も教えてくれた。
隣の阿笠博士宅へのお裾分けや、遊びに来る子供達のために多めに作ることも忘れない。そのために食材の買い出しでスーパーという所にも定期的に行くようになった。
また買いだめをしておかないとな……そう思ってスーパーへと足を運ぶ。俺がこんなところで買い物をしていると彼女が知ったらきっと笑うだろう、などと考えながら店内を回っていた。
すると目の前を一人の女性がふらふらと通り過ぎた。
──名前だ。
姿を変えている俺は彼女にとってはただの客の一人すぎない。だから俺の方を向くことなどはなかった。
久しぶりに見た名前は痩せた、というよりもやつれたと言う方が正しいかもしれないが、最後に会った日の名前とはかけ離れていた。まるで別人。
その姿に愕然とした。
恐らく名前はジョディから俺の死を聞いている。名前がこれ程までに変わり果てるとは……俺の予想をはるかに上回っていた。あくまで俺の推測に過ぎないし全く確証はない。だがこのタイミングでこの様子……十分にその可能性はあった。
そんな名前がどうしても心配になり、そのまましばらく彼女の様子を伺うことにした。さっき俺の前を横切ったのと同じように、力ない足取りで店内を歩き回っている。ある一ヶ所に行き着くと彼女は足を止めて棚を見上げ、背伸びを始めた。どうやらあの醤油が取れないらしい。必死で背伸びをして手を伸ばす姿は、小動物のような可愛さがあった。
「これですか?」
「……え?」
名前はとても驚いた声を上げた。無理もない、突然見知らぬ男に声をかけられたのだから。この行動に一番驚いたのは俺自身だった。関わってはいけないとあれほど思っていたのに、こんな名前を放っておく事ができず、気付いた時にはもう名前の隣にいた。
「はい、ちょっと届かなくて…」
そんな名前に醤油を一つ取って手渡すと、少し照れたような表情を見せ、頬を赤く染めてお礼を口にした。
こういうところは昔から変わらない。そんな名前に愛おしさが込み上げてくるが、それを悟られる訳にもいかないのでわざとらしく偶然を装った。
「僕もこの醤油を使っているんです」
さっき二つ取った内のもうひとつを自分のかごに入れ、いかにもたまたまここに居合わせた事を強調する。我ながら白々しい。
「邪魔をしてしまいすみません」
「いえいえ、そんなことありませんよ。とても可愛らしい姿を見せていただきました」
申し訳なさそうにそう言う名前に、これくらいは許されるだろうと思って「可愛い」と口にするが、どうやら名前は俺を警戒しているようだった。
彼女の最近について少し探りを入れてみるが、名前は完全に俺を不審者だと思っている。いくら見た目が別人だからと言っても、流石にそんな目で見られると多少は傷付く。いろいろと聞いてはみたが、名前が警戒心を示すのでこれ以上はやめておいた方がいいと思い話を切り上げ、名前から距離をとった。
名前とほんの少し話しただけだが、たったそれだけで愛おしさが胸元に突き上がる。やはりどうしても俺には名前を手放すという選択はできないようだ。
彼女を俺の元に繋ぎ止めたい。
たとえ恋人という関係にはなれなかったとしても。
PREV / NEXT