03
彼女を繋ぎ止める。そう決心はしたものの、一体どうすればいいのか考えあぐねていた。今の俺と彼女は、名前も知らない一度会っただけの他人。どうにかして彼女との接点を作らなければ、繋ぎ止める事など不可能だろう。

この間一度沖矢昴として名前と接触はしてみたものの、あれはただの偶然。また名前に会えるかどうかも分からない。

彼女の行動を把握しようと思えば造作もないことだが、名前を尾行したり、下手に探りを入れたりして怖がらせるようなことだけはしたくなかった。ストーカーだと思われでもしたら、名前は恐怖で外出すらできなくなるかもしれない。今でも既に苦しんでいるというのに、彼女にさらなる追い討ちをかけることになってしまう。それでは元も子もない。

とりあえずあのスーパーに名前が行く事が分かったので、定期的に訪れ彼女を見かけたら再度声をかける、という普段の俺には全く似つかわしくない無謀な方法を取ることにした。もともと偶然見かけたところから始まったことだ。こういう手法もたまにはいいだろう。


幸いにもこの手段は功を奏し、翌週の同じ時間に名前は現れた。どうやら名前も俺に気付いたようで、目が合うと力ない微笑みで軽くお辞儀をしてくれた。俺の存在自体は認識してくれているらしい。

「またお会いしましたね」
「先日はありがとうございました」

そう言ってまたお辞儀をする名前は、この間ほど俺の事を警戒している様子はなかった。相手が俺だからいいものの、これがもし本当に他の男だったら簡単に言い寄られてしまうではないか。
もう少し相手を疑ってかかれ、他人を警戒しろ、と彼女に説教したくなるが、そんな事は今の俺には言えるはずもない。まぁ今回はそのおかげで名前と接触できたので多目に見ることにした。

そのまま名前と軽くお互いの話をしていたが、そういえば名前を告げていない事を思い出したので、何の脈絡もなく彼女に名乗った。

「すみません、申し遅れました。僕は沖矢昴と言います」
「あ、苗字名前です」

君の名前を知らないはずがないだろう。だが今の俺は沖矢昴だ。それを表に出すことはなく、初めて聞いたという体で話を進めた。

「名前さん……素敵な名前ですね」
「っ……ありがとうございます……」

俺の言葉に照れたようで彼女は頬を染めて俯いた。そんな名前がこんなにも愛しい。それなのに、よく名前と離れるという決断をできたもんだと自分自身に呆れ返る。





「こんにちは、名前さん」
「あ、こんにちは」

別の日。

「名前さん、奇遇ですね」
「ほんとよくお会いしますね」

更に別の日。

「あ、昴さん。今日もお買い物ですか?」
「ええ。少々足りないものがありましたので」


こうして偶然を装い彼女と何度か接触し続け、名前との距離を徐々に詰めていった俺は連絡先の交換までこぎつけた。
多少気を許した知人、いや、欲を言えば友人くらいには思ってくれているとありがたいのだが。

しかし、このままではこれ以上名前と距離を縮めるのは不可能に近い。何か打開策はないだろうか。自然と彼女と話をすることができるような、いい策は。


そう思っていた時、好機は突然訪れた。

「名前さん」

帰ろうとする名前を呼び止めた。
いつも名前はゆっくり買い物をしているため時間が合わず、あからさまに彼女を待つことはできなかったが、今日はどうやら早く済ませたらしい。買い物を終えた名前は俺の前を通り過ぎようとした。名前は突然自分の名を呼ばれた事に驚いたようで、振り返った彼女は目を丸くして小首を傾げた。

「もしよろしければ、途中までご一緒させていただいてもよろしいですか?」

名前は車を持っていないし、ここは名前のアパートからはそう遠い場所ではない。きっと名前はここまで徒歩で来ていると踏んでいた。すぐに彼女の近くに寄ってそう声をかけると、名前は一瞬不思議そうな顔をしたが、「いいですよ」と返事をしてくれた。

「重いでしょうからこれは僕が持ちます」

名前の持っていたレジ袋を奪うように勝手に受け取った。名前はそんな俺に対して驚きの声をあげ、今俺が手にした自分の袋に手を伸ばす。しかし俺がそのまま離さないと分かり諦めたのか、素直にお礼を述べて共に店を後にした。



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