17
ジョディ達が立ち去ってすぐ、子供達は後を追うようなタイミングで博士の家へと戻っていった。帰り際にボウヤが「頑張ってね」と言っていたところを見ると、どうやらジョディとの会話を聞いていたようだ。子供にまで励まされるとは、俺も大概だな。

もうそろそろ名前が来る頃なので、以前彼女をここに連れてきたときと同じように紅茶の準備をしていると、来客を知らせるインターホンが響き渡った。

「はい」
『……苗字です』
「どうぞ」

強張った声で名乗る名前は、ここに来ることに緊張しているようだった。ティーポットにお湯を注いでから玄関へ向かいドアを開けると、やはり緊張しているのか俯きがちにドアの前で立っている名前がいた。その立ち姿は、この姿に変えてから初めて会ったあの日のことを思い出させるものだった。

「名前さん、お待ちしていましたよ。どうぞ」

彼女を部屋の中へと招き入れ、客間へと案内した。この間と同じようにソファーに隣同士で腰掛け、蒸らしておいたダージリンをカップに注ぐ。一ヶ月程顔を合わせなかっただけだが、それ以上に長い期間会っていなかったような感覚に飲まれ、懐かしささえ感じた。

「名前さんにお会いするのも随分と久しぶりですね」
「せっかくお誘いいただいていたのに、本当にすみませんでした」

本気で申し訳なさそうに謝る名前を見ていると、やはりわざと俺を避けていたのではないかと感じられるような部分も多少あった。だが今回話したいと言い出したのも、彼女がここに足を運んだのも、全て彼女の意志だ。もし避けていたのだとしても、彼女には何か意図があるだろう。

「いえいえ。名前さんの元気な姿を拝見できて安心しました。……それで、お話というのは……」

もう少し会話をしてから切り出そうと思っていたが、ここに来てから一度も笑顔を見せない彼女をこのまま見ていられず、こちらから話を持ちかけた。俺が予想していたこと……本当に別れ話だった場合の引き留める術など何も考えてはいないが、彼女の思いを聞かなければ策など練りようがない。

「……先日は、ご迷惑おかけして本当にすみませんでした。知人にもちょっと聞いたんですけど、あのとき見たって言った人はやっぱり亡くなった彼ではなくて、別人だったみたいです。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい」

俺の前で言い出しづらかったのか、一呼吸置いて頭を下げながら彼女は口を開いた。知人、というのは恐らくジョディのことだろう。苦しめているのは俺の方なのに、彼女は全て自分が悪いとでも言いたげな様子をしている。

「そんなことありませんよ。名前さんの方こそ辛い思いをされたのではないですか? その恋人のことを本当に愛していらしたんですね」

俺の言葉を聞いた直後、彼女は俺から目を逸らし俯いてしまった。彼女を試すつもりが全くなかった訳ではない。しかしさすがにやり過ぎた。そう思ったが今となっては後の祭り。ただ、今の名前の反応を見る限り、彼女の気持ちがまだ俺に向いているのは明白だった。

俺の言葉が彼女を追い詰めてしまったのか、一度口を閉ざしたら最後、その後は何も話し始めようとしない。結局彼女の話したかったこととは何なのか。俺の生死の話をするためにここに来た訳ではないだろう。それを尋ねようと思い彼女の横顔に目を向けると、今にも泣き出しそうな顔をして俯いていた。

「名前さん、大丈夫ですか? 泣きそうな顔をしていますが……」
「あ……すみません……」

余程思い詰めているのか、ここに来たときからどこか情緒不安定な様子を感じていたが、それは俺が思っていた以上のものだったようだ。彼女が突然、自らの意志で沖矢昴の肩に頭を預けてきたのだ。

「名前さん?」
「すみません、少しだけこうさせてください……」

一体どういうつもりなのだろうか。彼女の理解できない行動に、ただ驚くことしかできない。名前が近付いたことでふわりと懐かしい香りがした。甘い匂いに誘われるように名前に手を伸ばしかけたが、理性がそれを許さない。

俺の肩に頭を寄せたまま、名前は何も言うことなくただじっとしている。俺には彼女の考えていることが全く理解できなかった。別れ話をしようとしていた訳ではないのだろうか。だとしたら、彼女が話したいこととは何なのか。

もう一度彼女に問いかけようと思い口を開きかけたところで、名前はようやく顔を上げた。




PREV / NEXT

BACK TOP