04
スーパーで会ったあの男性は、本当に近所に住んでいるようだった。あの日以来買い物に行くと、時々あの彼に出くわした。会釈をするだけのときもあれば、話しかけられるときもある。
彼は沖矢昴さんと言うらしい。大学院生で、ちょっとした事情があって知り合いの家を借りて暮らしていると言っていた。落ち着いた見た目だったから分からなかったけど、昴さんと私は同い年だということも判明した。
特に連絡を取り合うわけでもなかったけれど、話の流れで連絡先を交換することになった。
たまに顔を合わせたときに少し話をするくらいの間柄。それでも今の私にはありがたかった。誰かと話している間は赤井さんのことを思い出さなくて済むから。
ここ最近の週末は、毎週とまでは行かないけれどそれが習慣になりつつあった。買い物に行く時間はほとんどいつも決まっている。それは私だけではなく昴さんも同じのようで、特別約束をしている訳ではないけど顔を合わせることが多々あった。
最初の頃はあまりにも見かけすぎて警戒した。もしかしたら待ち伏せでもされてるんじゃないかと思ったときもあった。でもそれならこんな人がいるようなところではなく、もっと人がいないところで待ち伏せするだろう。
道中で誰かにつけられてると感じたこともないし、勝手な自意識過剰で人を疑うのは失礼だと思った。
「名前さん、こんにちは」
「こんにちは昴さん」
いつもこうして挨拶を交わしたあとに少し話をしてから個々で買い物をして、終わったらそのまま帰宅する。今日もそれは変わらない。
……はずだったのに、今日は珍しく会計のタイミングまで同じになってしまった。さっき「じゃあまた」と言った手前、なんとなく気まずい。
軽く会釈だけして帰ろう、そう思って昴さんの横を通りすぎたところだった。
「名前さん」
その昴さんに後ろから突然名前を呼ばれたのだ。誰だって自分の名前を呼ばれれば、反射的に振り返ってしまう。後ろにいた昴さんは、いつもと同じ笑顔を浮かべて私の方にやってきた。
「もしよろしければ、途中までご一緒させていただいてもよろしいですか?」
この辺りに住んでいるということは、きっと帰り道も同じ方向なのだろう。わざわざ断るような理由もないし、なんなら一人で帰るよりは気が紛れる。「いいですよ」と返事をして、一緒に帰ることにした。
昴さんは「重いでしょうから」と言って私の買い物袋まで持ってくれた。昴さんとこうして二人で並んで歩くのは初めてなので、なんだか少し変な感じがする。
私の隣にいる人が赤井さんじゃない。見慣れない横顔に違和感を覚えた。
赤井さん、本当にいなくなってしまったの……?
「どうされましたか?」
考え事をしているのが顔にも出ていたのか、昴さんに心配の目を向けられる。
「いえ、なんでもないです。少しぼーっとしてしまって。すみません」
今の私の精一杯の笑顔で答えるけれど、正直上手く笑えているのかも分からなかった。赤井さんを思い出してしまったから。一人でいるより気が紛れると思ったのに、一人でいるときよりも赤井さんを思い出す。
昴さんに赤井さんを重ねて、でもやっぱり赤井さんじゃなくて。思い浮かぶのは、何度忘れようとしても忘れられないあの人の姿。赤井さんに似ている訳ではないのに、ちょうど背丈が同じくらいだからか赤井さんと歩いているような気になってしまう。目に涙が溜まるのが自分でも分かった。
「もし何か悩んでいることがあるようでしたら、僕でよろしければ話を聞きますが」
「いえ、ほんとになんでもないですから」
昴さんが心配してくれているのは分かるけど、まだ赤井さんのことを人に話せるほど消化しきれていなかった。
そうですか……と呟く昴さんに申し訳なく思ったけれど、話したところでどうにかなるような問題でもないし、誰かに話したところで赤井さんが帰ってくるわけでもない。
「失礼を承知で少し伺ってもよろしいですか?」
「……はい」
返事はしたものの、そんなに改まって一体何を聞かれるのだろう。次に昴さんが口を開くのを息を飲んで待った。
「以前から気になっていたんですが……名前さん、恋人はいらっしゃるんですか?」
突然の地雷に顔が強張る。
まさかそんなことを聞かれるなんて思ってもいなかった。歩いていた足も止まってしまった。足が震えて、立っているのもやっとの状態。この人、なんでこのタイミングでそんなことを聞いてくるのだろう。赤井さんのことを思い出してしまった、このタイミングで。
「名前さん?」
昴さんも同じく足を止めた。何か言わなきゃ。そう思っているのに何も言葉が出てこない。
「いません」──たった一言そう言ってしまえばいいのに、そう言えなかった。言いたくなかった。赤井さんとの思い出自体が、全てなかったことになってしまうような気がしたから。
「彼氏は……亡くなりました……」
必死で言葉を探して、やっと見つかった言葉は結局「亡くなった」の一言だった。
昴さんがそれをどんな表情を聞いているのか、私には分からなかった。
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