05
「そうでしたか……。それは、すみません……」

恋人が亡くなった。私からそう聞いた昴さんの謝る声が聞こえた。

その言葉で顔を上げたら悲しそうな、切なそうな、何とも言えない表情をした昴さんがいた。どうして昴さんがそんな顔をするんだろう。きっと優しい人だから、こんなことを打ち明けた私に同情してくれたのだと思う。

顔を上げた私の頬には涙が伝う。人前では泣くまいと思っていたのに、昴さんの表情を見たら私の気持ちを映しているようで、とてもじゃないけど堪えきれなかった。
一度溢れた涙は留まることを知らず、赤井さんを思い出しては次々と溢れ出す。昴さんはおもむろに私に手を伸ばしかけたけれど、それを途中で自分の方へと戻し、代わりに自分のハンカチを取り出して私に差し出した。

「こんなことしかできず申し訳ない。よろしければ使って下さい」

受け取るべきか悩んだけれど、涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠したい気持ちが勝り、昴さんが差し出してくれたハンカチを素直に受け取った。

「すっ……すみ、ませんっ……」

嗚咽と共に発した言葉が昴さんに届いたかは分からない。

昴さんは、何も言わなかった。


私が泣いている間、昴さんは一言も話す事なくずっと隣にいてくれた。やっと涙が落ち着いたところで冷静さを取り戻すと、今の自分の行動を思い出した途端に血の気が引いていく。

「ごめんなさいっ……! 私……!」

人前であんなに号泣するなんて恥ずかしい。きっと今の私はとんでもなくひどい顔をしていて、とても人に見せられるような状態ではない。ましてや相手は異性。いくら何とも思っていない相手だとしても、さすがに女としての恥じらいはある。

「すみません……! 帰ります……!」

早々にその場を離れようとして、昴さんに背を向けて一人家に帰ろうとすると後ろから腕を引かれた。そこからは昴さんの手のひらの温もりが伝わる。

「待って下さい。今のあなたを一人で帰らせるなんてできませんよ」

確かにまだ視界が滲んでいて足元がおぼつかない。こんな状態で重い荷物を持ち、一人で家に帰るにはどうしても時間がかかってしまう。もしかしたら日が暮れてしまうかもしれない。

ここは素直に昴さんの優しさに甘えることにした。


こっちです、と道案内をしながらさっきよりもゆっくりと二人並んで歩き出す。昴さんは何も言うことなく、私に歩幅を合わせて歩いてくれた。でもあれだけ泣いた直後にこの無言は、さすがに私の方が耐えられない。

「突然すみませんでした」
「いえ。こちらこそ、辛いことを思い出させてしまったようで申し訳ない」
「昴さんは何も悪くないです。私が勝手に泣き出してしまっただけなので」

本当にそう。私が勝手に隣を歩いている昴さんに赤井さんを重ねて、勝手に思い出してしまっただけのこと。だから昴さんには申し訳なさそうな顔はしないでほしい。昴さんが何かをした訳ではないのだから。

家までの道のりが、やけに遠く感じた。





「あ、ここです。荷物まで持ってもらってしまってすみません」

昴さんに持ってもらっていた私の荷物を受け取った。昴さんに預けるまでは自分でこれを持っていたはずなのに、さっきよりもなぜか軽く感じた。

「ホォー……ここのアパートでしたか」
「昴さんここ知ってるんですか?」
「えぇ、まぁ。僕が借りているのはこの先を曲がって少し行ったところですから」

そんなところに借家なんてあったっけ。私が知らないだけかもしれないけど。このアパートを借りていると言っても、あんまり近所のことを知るわけではないのだから知らなくても無理はない。

「そうなんですね。ハンカチありがとうございました。洗濯してお返しします」

それでは失礼します、と最後にお辞儀をして昴さんが帰っていくのを見送る。去り際に昴さんは左手を上げてその場から離れていった。


その姿がどことなく赤井さんに似ていて、また彼を思い出してしまった。



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