06
昴さんに借りたハンカチを返そうと思っていたのに、何故か一緒に帰ったあの日以来会わない日が続いていた。今までよく会っていたのはやっぱりただの偶然だっただけなのかもしれない。

それともあの日、私が昴さんの前であまりにも泣きすぎたから避けられているのだろうか。
どちらにしても昴さんに会わなければ、このハンカチを返すことはできない。

携帯を取り出してメールの画面を開く。宛先を選択しようとして、電話帳の一番上に表示されている赤井さんのアドレスを見た瞬間指が止まった。そこを通りすぎて、一度も送ったことのないアドレスを選択する。

どうしよう。こんなに突然連絡してもいいのだろうか。


なんとか文面を打ち終えたけれど、送信ボタンを押すことなく画面をつけたり消したりを繰り返す。

しばらくそのまま送るか送らないか悩んでいたけれど、意を決して送ることにした。


返信は思ったよりも早く届いた。

──明日、15時に米花公園。





翌日、昴さんと待ち合わせをしている公園に向かった。私が着いた頃には、昴さんはもう公園で待っていた。

「すみません、お待たせしました」
「いえ、僕も今着いたところですから。良かったら少し座りませんか?」

ちょうど近くにベンチがあったので、昴さんと並んでそこに腰掛けた。公園なんていつぶりだろう。もともとあまり人気のない場所なのか、それともそういう時間帯なのかは分からないけれど、ここには私と昴さんしかいなかった。
ときどき吹くそよ風が気持ちいい。

ふぅ、と一息ついてから本題を切り出した。

「先日は見苦しいところをお見せして本当にすみませんでした」
「そんなにお気になさらないで下さい」
「それとハンカチ、ありがとうございました。あと、これ……お口に合うか分かりませんが良かったら……」

昨日昴さんに会うことが決まってから、思い立って作ったクッキー。本当は赤井さんに渡したかった。前に赤井さんにあげたとき、美味しいと言って食べてくれたから。
昴さんに何かお礼をと考えていたら、思い浮かんだのがこのクッキーだった。多分アドレス帳で赤井さんの名前を見てしまったからだと思う。

「ホォー……クッキーですか。これは名前さんの手作りですよね。いただいていいんですか?」
「ご迷惑をかけたお詫びとハンカチのお礼です」
「ありがとうございます」

私の手からクッキーとハンカチを受け取ってくれる。せっかくなので、と昴さんはその場で袋の口の針金を外し、クッキーを一枚取り出してそのまま口に運んだ。一応味見はしているけど、昴さんの口に合うだろうか。

「とても美味しいです。ありがとうございます」

そう言って優しく微笑む姿はやっぱりあの人と重なるものがあった。声も見た目も、とても似ても似つかないのに。何故か昴さんを見ていると赤井さんを思い出してしまう。

「名前さん?」

昴さんに名前を呼ばれて、はっと我に返った。どうやらまた上の空だったらしい。一時期は赤井さんのことを考える時間が少しずつでも減っていたのに、こないだ昴さんと一緒に歩いた日を境にまた思い出すことが増えている。

「あ、すみません……。お口に合ったなら良かったです」

今目の前にいるのは赤井さんじゃない、昴さんだ。だから赤井さんと重ねちゃいけない。別人なんだから。何度も自分にそう言い聞かせる。

「今、亡くなったという恋人のことを考えていましたか?」

どうやら昴さんには私が考えていることを見抜かれているようだった。よっぽど顔に出ているのかもしれない。もうごまかしはきかないだろうし、あれだけ目の前で号泣してしまったのだから今更隠す必要もないだろう。

「……はい」
「その恋人、僕に似ているんですか?」
「顔とかは似てないんですけど、なんとなく雰囲気というか仕草というか……最初はそんなこと思わなかったんですけど、昴さんといるとなぜか彼のことを思い出してしまうんです。忘れようとしているのに忘れられなくて……。もう二度と会えないなんて……信じられない……」

昴さんは私の話を何も言わずに聞いてくれた。

今まで誰にも言えなかった本心を口にすると自然と涙が零れる。ジョディさんにも心配をかけたくないと思って一度もこんなこと言えなかったのに、なぜか昴さんにだけは話せた。それがどうしてかは分からない。でもこの人は、どこか話しやすい雰囲気を醸し出しているような気がした。

ここまで話すとやっぱり涙は留まることを知らないみたいで、次々と大粒の涙が溢れる。

すると突然昴さんがこちらに体を向けて、口を開いた。



「僕では代わりになりませんか?」



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