07
「僕では代わりになりませんか?」

昴さんの口から発せられた、思わず耳を疑うような言葉。
今、何て言った?
誰の代わり……?

「……え?」

昴さんの言っている意味が全く理解できず、ただ聞き返すことしかできない。

「僕では、名前さんの亡くなった恋人の代わりにはなりませんか?」

いつもの柔らかい口調ではなく、真剣味を帯びた低い声。私を見る目も真剣そのもので、今までに見たことのない昴さんが目の前にいる。言っている言葉は解るのに、言っている意味だけがどうにも理解できない。

昴さんが赤井さんの代わり……。

「どういう……意味、ですか……?」
「そのままの意味ですよ。亡くなったという恋人の代わりに、僕の恋人になっていただけませんか?」

私が、昴さんの恋人になる……?

どうして突然そんな話になるのだろう。昴さんの考えていることが全く分からない。

確かに昴さんは優しくて素敵な人だと思う。私が泣いているときも、何も言わずにずっと側についていてくれた。こんな人が彼氏だったらきっと大切にしてくれる。
この人を好きになれたらどれだけ楽になれるだろう。淋しさも埋められる。赤井さんのことも忘れられるかもしれない。……そんな考えが頭をよぎったことも全くないわけではない。

でも私はやっぱりまだ赤井さんのことが好きで、どうしても彼のことを忘れることはできない。それなのに昴さんと付き合うなんてできるはずがない。

「僕を亡くなった恋人に重ねていただいて構いません。簡単に風化するような想いではないでしょうから」

まるで私の心を読んでいるような、全てを見透かしたようなタイミングで言葉を紡ぐ。
でも……。

「昴さんは……本当にそれでいいんですか……? そんなことをすれば、私はきっと、昴さんのことを傷付けてしまいます……」
「あの日、恋人のために涙を流す名前さんの姿を見たとき、名前さんの側に居たいと思ったんです」


「そして、今も」


そう言いながら私の頬に伝った涙を昴さんの指が拭い、そのまま私の頬を両手で包み込んだ。私の顔が熱いのか、昴さんの手が冷たいのか分からない。どこか懐かしいような温度差が、妙に心地良かった。

「僕のことを利用してください。あなたになら傷付けられても構わない」
「どうして、そこまでしてくれるんですか……」

昴さんの言っていることは、どうにも腑に落ちない。そんな身を裂くような思いをしてまで私と付き合う必要なんてどこにあるんだろう。私にそこまでしてもらうような価値はないし、昴さんならそんなことをしなくても女の人の方から寄ってくると思う。

何より私の想い人は、今でも変わらずただ一人。あの人しかいない。そのことは目の前にいる彼も、もう十二分に分かっているはずだ。

「名前さんのことが好きになりました。あなたの支えになりたい。あなたを一人にしたくないんです。それでは理由になりませんか?」

眼鏡越しの細い目が私の瞳をとらえた。昴さんの手が私の頬を包んでいることもあって、その真剣な眼差しから逸らすことはできない。包み込んだ手が私の頬から体温を奪い取り、二人で分かち合う。触れられている部分の温度差がなくなったことで、昴さんの手の感触が頬を通して伝わってきた。

少しごつごつとした、大きく男らしい手。それでいて長く綺麗な指。昴さんのそれは赤井さんのものと思わせるほどよく似ていて、まるで赤井さんの手に包まれているかのような錯覚に陥った。

そっと目を閉じるとますます赤井さんの手のように思えてしまい、一瞬赤井さんが帰ってきてくれたような気がした。



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