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秀一さんって毎日どんな生活をしているのだろう。実はずっと気になっていた。赤井さん≠ェ現場の最前線で任務をこなしていたというのは今となっては容易に想像がつく。あの頃の忙しさはきっとそういうことだ。

じゃあ今は?
死を偽装しているということは、秀一さんは表立って行動できないことになる。だからいつも昴さんの姿をしているそうなのだけれど、大学院生である彼があの姿のまま今までどおり現場の最前線に立つとは考えにくい。

ここにお邪魔して三日目。昨日は鍵の交換があったので午後から半休を取った。そのおかげもあって夕方には秀一さんと一緒に過ごすことができたのだけれど、一緒に食事をとって、久しぶりに一緒にお風呂に入って、ゆっくりしてから寝るだけ。至って一般的な生活だった。

その間にも時々ワイヤレスイヤホンを耳に装着していたり、パソコンが置いてある部屋で何か作業をしていたりと仕事をしている様子も見ることができたので、常に働いていて大変だなと思う反面、パソコンの背面越しに秀一さんの働く姿を見ることができてときめく私もいた。

今週はいろいろなことがあったけれどようやく休日。目が覚めてからも身体に残る気だるさは健在で、九時を過ぎた今でも一人ベッドで横になっている。気だるさの原因は一週間の疲れが四分の三。残る四分の一は昨晩秀一さんと何度も深く愛し合ったから。

当の本人はというととっくに起床したようで、私の隣はもぬけの殻。いついなくなったのかは知らないけれど、マットレスにはすでに秀一さんの温もりは残っていなくて、秀一さんが寝ていた場所はひんやりとしている。

昨日幸せを分かち合った分、秀一さんの温もりを感じられないことがより一層淋しく感じられる。気だるい体をゆっくりと持ち上げて着替えを済まし、秀一さんがいるであろうリビングに向かった。


「おはようございます」
「おはよう」

既に昴さんへの変装を終えた秀一さんはソファーに座っており、コーヒーを片手にパソコンを開いていた。もう少し早く起きていたら秀一さん≠ノ会えたのに。私に気付いた秀一さんはノートパソコンの画面をパタンと閉じた。

秀一さんの隣に私も座って、起き抜けにもかかわらずぎゅっと腰にしがみつく。

「どうした?」
「……起こしてくれてよかったのに」

一人のベッドは寂しいから。秀一さんが恋しいから。昨日半日ほぼ一緒にいたというのに、それでも離れたくないなんて言ったら秀一さんは笑うだろうか。それとも呆れるだろうか。

「何度も起こしたよ」
「えっ、そうだったんですか!?」
「恋人からのキスでも目覚めない姫君は随分とお疲れのようだったからな。寝かせてやった方がいいと思ったんだ。ゆっくり休めたか?」
「はい……」

何度か声をかけられたのにもかかわらず熟睡していたのかと思ったけれど、どうやらそうではないらしい。秀一さんは眠っている私をキスで起こそうとしたようだ。もし私が本当に眠り姫だったのなら王子様のキスで目覚めたのに。分かってはいたけれど、やはり私にはヒロイン気質がないらしい。

眠っている間のキスでは感触も何も覚えていないので当然満足なんてできるはずもなく、腰に回した腕を上へと移動させて秀一さんの首に絡めた。我ながら随分と大胆になったと思う。こんな風に自らキスを強請り、そしてベッドの中以外でも自ら唇を重ねるなんて以前の私では考えられなかった。毎日秀一さんと一緒にいられるという非日常が大胆さに拍車をかけているのかもしれない。

何度か口づけを交わしたあと私は秀一さんの腕に自らの腕を絡めて、寄りかかるようにそっと頭を寄せた。

「少しだけこうしててもいいですか?」
「少しでいいのか?」
「……じゃあいっぱい」
「喜んで」

幸せそうにふっと息を漏らす秀一さん。なんて穏やかな一日の始まりなのだろう。音のない空間にふたりきり。まるで世界から切り離されたかのようなこの部屋に、私たちふたりの時間を邪魔するものはない。ゆったりと流れる時間は幸せそのもので、心の奥の奥まで満たされていく。言葉を交わさなくても、むしろ言葉を交わさないからこそ伝わる想い。今の私たちにはそれがあるような気がした。

言葉にしなければ伝わらない。あの一件のあとはそう思っていたのに、本当に伝えたい想いほど言葉にすると薄っぺらく感じてしまう。内から湧いてくる秀一さんに対しての深い想いは、言葉で表せるような簡単なものではないのだ。

だからといって全く言葉にしなければやはり伝わらないとも思うので、私が持っている少ない言葉を繋ぎ合わせて想いを伝える努力はしているのだけれど、果たして伝わっているのだろうか。


「ありがとうございました」
「満足かな?」
「はい」

本当はずっと、いつまでもこうしていたいけれどそれではきりがない。ゆっくりと頭を元の位置に戻してから、もう一度口づけを交わした。



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