03
二度も有希子さんに骨抜きにされてしまった私はすぐに帰ることができず、心配してくれたコナン君も帰るタイミングを失ってしまったようだ。そのせいで私たちが工藤邸をあとにしたのは、完全に日が落ちて月明かりが差し込む頃だった。

「ごめんね、コナン君まで帰り遅くなっちゃって」
「ボクは大丈夫だよ。遅くなるって電話してあるから」

私のせいで帰るタイミングを失ったコナン君は私と一緒に帰ることになった。「先に帰っていいよ」と伝えていたが、「お姉さんが暗い中一人で帰るのは危ないから」と、小学生にしては随分と大人じみた、まるでナイトとでも言えるような言葉を返されてしまいそれ以上は何も言えず。
秀一さんも「ボウヤが送ってくれるなら安心だ」と言うので、その言葉に素直に甘えることにした。帰り際に秀一さんがコナン君にボソッと話していた「送り狼になるなよ」なんて冗談は聞こえないフリをして。

「お姉さんの家はこの近くなんだよね?」
「お姉さんなんて呼ばれ慣れてないから名前でいいよ。もう少し向こうの角を曲がった先にあるアパートなんだけど、コナン君分かる?」
「うん! そこならよく通るから知ってるよ」

コナン君の歩幅に合わせてこうして一緒に歩いていると、まるで弟でもできたような気分になる。二十歳も離れていれば弟はさすがに無理があるような気もするけど。
私くらいの年齢にもなればこれくらいの子どもがいたっておかしくはないだろうし。……子どもかぁ。正直今の今まで考えたこともなかった。子どもよりも前に考えなくてはいけないこと──結婚ですらちゃんと考えたこともないのに。お年頃と言われればそうかもしれないけど、極端な結婚願望があるわけでもない。

秀一さんはどうなんだろう。……忙しい人だからそんなこと考えている暇なんてあるはずないか。私としては、秀一さんと一緒にいられるのならどういう形であっても構わないし、結婚という形にとらわれる必要もないと思う。ただ離れたくない、一緒にいたい。それ以上でも以下でもなく、ただそれだけ。秀一さんがいない未来なんてもう考えられない。

「名前さんどうしたの? 何か考え事?」

一点を見つめながら突然無言になった私を不思議に思ったのか、コナン君が心配そうに話しかけた。

「あ、うん……ちょっとね……。あれから時々考えちゃうの。もし秀一さんがまたいなくなっちゃったら……って。またどこかに行っちゃって二度と会えないなんて言われたら、今度はもう立ち直れない気がして。秀一さんのいない未来が怖いんだ……って、ごめん、こんな話されても困るよね」

子どもだというのにこの子が妙に落ち着いた雰囲気を醸し出しているせいで、相手が小学生だということも忘れ、子どもにはまだ早いとでも言われてしまうような話を無意識のうちに口走 る。

「ボク子どもだからよく分かんないけど、きっと赤井さんはもう名前さんに辛い思いをさせないと思うよ。信じていいんじゃないかな」

本当に、なんて大人びた子なんだろう。すぐにそんな風に言えるなんて、私よりも精神年齢が高いのではないかと思えて感心してしまうほどだ。私を気遣いながらも安心するような言葉をかけてくれるこの少年は、どことなく雰囲気が秀一さんと似ているような気がした。きっとあと十年も経てば女の子が放っておかないくらいの好青年になるのだろう。

「そうだね、ありがとうコナン君。私、秀一さんのこと信じるよ」

コナン君の方に顔を向けて、笑顔でそう返したときだった。

「きゃっ!」「うわっ!」

私が前を見ずに隣にいるコナン君の方に視線を向けており、そして辺りが薄暗いのもあったからだろう。正面から歩いてくる人に気付かず、すれ違い様に肩をぶつけてしまったのだ。ぶつかったときにそこまで勢いがあった訳ではないものの、突然の思わぬ衝撃にバランスを崩し、盛大にしりもちをついてしまった。

「名前さん大丈夫!?」
「うん、大丈夫……。すみません、よそ見をしてて……」
「僕の方こそごめん。大丈夫? 立てる?」

ほら掴まって、とぶつかってしまった眼鏡の男性が私に手を差し伸べてくれたので、その手を掴んでゆっくりと立ち上がる。コンクリートに打ち付けたお尻が少し痛む程度で、幸いにも他に外傷はないようだ。

「ありがとうございます。本当にすみませんでした」

男性の去り際にペコッと軽くお辞儀をして、男性とは反対の方向、アパートのある方へと再びコナン君と一緒に歩き始める。ぶつけたお尻はまだジンジンとしていて、痣にならないことを祈るばかり。さっきも腰を抜かしてしりもちをついてしまったし、どうやら今日はお尻の厄日みたい。

「ねぇ、今の人って名前さんの知り合い?」

後ろを振り返って男性の背中を見ながら、コナン君が私に尋ねる。私も同じように後ろを向いてみるけれど、どれだけ記憶を辿ってみてもあの人とどこかで会った覚えはない。

「ううん、知らない人だけど……どうして?」
「そっかぁ、じゃあいいや。それより本当に大丈夫?」
「まだちょっと痛いけど大丈夫。心配かけてごめんね」

さっきはコナン君の歩幅に合わせて歩いていたのに、今度は私がコナン君に気を遣われる側へと回る。いい大人が小学生に気遣ってもらうなんて、これではどっちが大人なのか分からないくらいだ。そうこうしているうちに家の前に到着したので、私たちは足を止めた。

「この辺り、最近空き巣被害が多いみたいだから名前さんも気を付けてね」
「そうだね、ちゃんと戸締まりチェックする。送ってくれてありがとう。本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ。名前さん、じゃあまたね」
「またね、コナン君」

送ってくれたコナン君に手を振ると、あどけない笑顔で同じように振り返してくれた。そして毛利探偵事務所がある方に向かって走って帰っていったので、姿が見えなくなったのを確認したところで私も家の中へと入っていった。



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