05
警察が引き上げたあと、工藤邸にお邪魔するために必要な荷物を一通り鞄へと詰め込んだ。本当は後片付けをしなければならないけれど、恐怖のあまりとてもまだそんな気にはなれない。いくら昴さんがいるとはいえ、ずっとここにいる気にもなれない。

荷物をまとめた鞄を持ち上げると、それを見ていた昴さんは私の手からその鞄をひょいと奪い、もう片方の手で私の手をとってくれた。

「行きましょうか」

戸締まりだけは忘れずに、と昴さんは付け加える。戸締まりをしたところで傷がついた鍵は明日にしか取り替えてもらえないのだけれど、何もしないよりはいいだろう。私が玄関に鍵をかけたのを確認すると、昴さんは私の歩幅に合わせてゆっくりと歩き出した。

「昴さん、ありがとうございました。昴さんが来てくれなかったら……私……」
「何かあったらいつでも連絡してください、と以前お伝えしたはずですよ。遠慮する必要はありません。名前さんが無事で安心しました」

にこりと微笑む昴さんの表情に安心し、私の目には再び涙が溜まる。私が不安がるようなことは何も言わず、そして詳しいことは何も聞かない昴さんの優しさに涙がこぼれ、繋いだ手が離れないようにぎゅっと握りしめた。



「着きましたよ」

気付けば目の前は工藤邸。まだ残る恐怖のせいで足取りは重かったけれど、一人で歩くよりも随分早く到着することができたのは昴さんが私の手を引いて歩いてくれたおかげ。

家の中に入ると昴さんは自身の首元へと手を伸ばし、変声機のスイッチを切った。

「どうした?」
「いえ……あの、本当にいいんですか……?」

玄関先で立ち止まった私に、秀一さんは声を戻して話しかける。ここまで来ておいて今更かもしれないけれど、本当に泊めてもらってしまってもいいのだろうか。
秀一さんが言う『しばらく』とは、具体的にはどれくらいの期間を想定しているのだろう。

たしかにここには何度か泊めてもらったことがある。けれど、いざ数日間、あるいは数週間……しかも休日は一日中ここでお世話になると思うと、迷惑になるのではないかという考えが先行してしまい、秀一さんの厚意に素直に甘えることができなかった。

「あぁ。俺は構わんよ。二人には俺から事情を説明しておこう。有希子さんもこの状況で名前を一人にするなと言うと思うが?」

秀一さんの言うことはもっともだと思った。有希子さんには一度しか会ったことはないけれど、きっとあのとき会った様子からすれば秀一さんが今言ったとおりのことを言うだろう。ほら、と秀一さんがゆっくりと私の引くので、私にはもう抗うことができなかった。

「ありがとうございます……お邪魔、します」

彼に手を引かれるがまま、広いお屋敷の中へと足を踏み入れる。何度来てもこの広さに慣れることはないけれど、しばらくここで過ごすとなればそうも言っていられない。

「名前の荷物はこの部屋に置いておくが、名前をあまり一人にはしたくない。この家にいるときはなるべく俺と同じ部屋にいてくれ」
「はい……ありがとうございます……」

秀一さんの優しさが身に染みる。今は些細な物音にすら恐怖を感じてしまうのだから、一人で部屋にいるなんて到底できないだろう。こんなに大きな、人様の家ときたら尚更。

「もちろん、寝室も一緒だ。まぁ、それはいつものことだから構わないだろう?」

何かを含ませた笑みを浮かべながらそう言う秀一さん。その瞬間、カッと顔が熱くなったのが分かった。秀一さんが何を指して今の言葉を発したかということに、すぐに気が付いてしまったから。

「もうっ……秀一さんっ……!」

"いつものこと"というのが事実なので、私には何も言い返せない。頬を赤く染めたまま、私には照れ隠しで彼の名前を呼ぶことしかできなかった。

「その顔ができるなら大丈夫だな。今日はもうシャワーを浴びて、ゆっくり休むといい」

先に使っていいからと秀一さんに促され、ずっと彼に甘えっぱなしの私は小さく頷いた。


***


秀一さんに言われたとおり、昨日の時点で大家さんに連絡を入れたからだろう。昨日の今日だというのに、夕方には大家さんが手配してくれた業者の方がやってきて、こじ開けられた鍵を新しいものに取り替えてくれた。

秀一さんには「ついていかなくて大丈夫か?」と聞かれたけれど、何もかも頼りっぱなしになるわけにはいかない。多少の恐怖はあるものの、外はまだ明るいので一人で行くことにした。

「ではこちらが新しい鍵ですのでお渡しします。最近多いらしいですよ、空き巣。まぁ、よく狙われるのは鍵を開けっぱなしにしているお宅で、こじ開けてまで侵入する……というのはちょっと珍しいですけど、ないわけではないです」

今日交換した鍵はピッキング対策がされていて、こじ開けられないタイプのものですから安心してください、と業者の方は付け足す。

「ありがとうございました」

業者の方から鍵を受け取り、諸々の手続きを済ませたところで、昨夜に引き続き仕事着などを含めた荷物をまとめる。秀一さんのところでお世話になるにあたって必要なものを一通り準備し、私はまた秀一さんの待つ工藤邸に向かった。



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