07
「秀一さん、あの……」
「ん?」
秀一さんに抱きしめられた身体はそのままに、顔だけ上げて秀一さんに視線を送った。秀一さんも優しい眼差しで私のことを見つめていた。見た目は昴さんの顔をしていても当然中身は秀一さんで、いつだって彼が私を見つめる瞳は優しくて、穏やかで、私を包み込んでくれるような気がする。
どれだけ好きだと思ってもすぐにその気持ちは更新されて、彼を想う気持ちに上限は存在しない。だからせめてその気持ちを少しでも伝えたくて、彼にもっと近づきたくて。
「その……キス、したいなって……ダメですか……?」
思わず彼にキスを強請った。何度も頭に口づけを落とされたからかもしれない。物足りなかった。秀一さんにもっと近づいて、触れたかった。
「君も大胆になったな」
「嫌……?」
「まさか。少し待ってくれ」
そう言うと秀一さんはあっという間に昴さんの変装を解き、本当の秀一さんが姿を現した。何度この瞬間を見ても慣れることはない。別人が現れることに対してドキドキするのはもちろんなのだけれど、それ以上に変装を解いたことで現れるのが私が本当に愛している人だから。
昴さんも秀一さんなのだから気持ちは同じはずなのに、顔が違うだけでときめき方は桁違い。やっぱり私は本当の秀一さん≠ノベタ惚れしているのだと改めて実感させられる。秀一さんにはとても言えないけれど。
変装を解いた秀一さんは微笑みながらふっと小さく息を漏らし、ゆっくりと私に顔を近づけた。そして抱きしめる手を少しずつ上に移動させ、私の後頭部に優しく添える。彼の動作に合わせるように小さく背伸びをして、そっと目を閉じた。
彼の薄い唇が、ゆっくりと私の唇に触れる。ちゅ、と静かに触れるだけ。静かに触れた唇は、ほんの数秒重なり合ったあとすぐに私から離れていった。もしかしてこれで終わり……?
いつもみたいにもっと長く唇を重ね、深い口づけを交わすのだと思っていた私は拍子抜け。秀一さんの唇がすぐに離れてしまったことが寂しくて、秀一さんの唇が名残惜しくて、自分の指で自分の唇を小さくなぞる。
「物足りないか?」
いたずらな笑顔を浮かべながら、秀一さんは私に問いかけた。仕草にも表情にも表れてしまったのだろう。秀一さんには気付かれていた。どうせ気付かれているのならごまかす必要はない。私は秀一さんの言葉に小さく頷いた。
「名前がしたいようにすればいい」
秀一さんは私が自ら唇を重ねられるように、ゆっくりと腰を屈めて顔を近づける。私はそんな彼の首に両腕を回して、そっと自分の唇を重ねた。
いつも秀一さんがやってくれるように、触れるだけの口づけを何度も繰り返す。秀一さんと同じようにやっているつもりでも同じようにならなくて、どこかぎこちなくなってしまうのは多分経験の違い。いつも秀一さんに身を任せてばかりいたので、いざ自分から同じようにやろうとしても同じにはならなかった。
触れ合った唇の隙間から、おずおずと控えめに舌をいれてみる。すぐに秀一さんの舌を見つけていつものように絡ませてみるけれど何かが違う。やっぱり物足りない。
すると、今まで私のやり方に合わせていた秀一さんが不意に舌を動かした。舌先でくすぐられたかと思えばすぐに絡み取られ、いつものように私の舌を味わう。秀一さんのキスは気持ちよくて、頭まで蕩けてしまいそう。ついうわずった声を漏らしながら、私は秀一さんのキスに必死で応えた。
「こうしたかったんだろう?」
唇を離したあと、秀一さんは満足そうな笑みを浮かべながら囁いた。あぁ、やっぱり好きだ。私はこの人が大好き。胸の内にとどめておくことができないほどの思いが沸き上がる。
「っ……秀一さん、っ、好き……」
その思いは塞き止められず、自然と口から言葉が溢れた。恋人なのだから塞き止める必要もないのだけれど。
なんて幸せなのだろう。そう思えば思うほど気持ちはどんどん膨らみ、言葉だけで伝えきれない思いは涙となってこぼれていく。ぎゅう、と秀一さんにしがみつき、私の思いの丈をなんとか伝えたかった。
「俺もだ。だから泣かないでくれ」
「だって……秀一さんのことが大好きで……そう思ったら涙が勝手に……」
「まったく、しょうがないお姫様だな」
呆れたかのような言葉とは裏腹に、秀一さんは私をきつく抱き締めてくれた。私の気持ちは秀一さんに全部届いているのだろうか。私の胸が透明だったら、私がどれくらい秀一さんのことを想っているのかすぐに伝えられるのに。
なぜだろう。秀一さんがすごく愛しい。彼を好きな気持ちが止まらない。私の気持ちが少しでも伝わったのか、秀一さんは壊れ物を扱うような優しい手つきで私の頭を撫でてくれた。
「こういうのを幸せと呼ぶんだろうな……」
彼がぼそりと呟いた言葉は確実に私の耳に届いていて、私と同じ気持ちでいてくれるのだと思うと心がいっぱいになって満たされる。そしてまた私の頬を涙が伝った。
涙を流すほど幸せを感じたことなんて今までに一度としてあっただろうか。……あったかも。秀一さんが戻ってきてくれたとき。でもあのときはいなくなったと思った人が帰ってきてくれたからであって、心がいっぱいになるほどの幸せとは少し違うような気がする。
空き巣がきっかけになったとはいえ、毎日秀一さんに会えること。今まで会えなかった反動で余計に彼を求めているのかもしれない。なんだか今日は涙腺が緩い日みたい。昨日のことがまだ尾を引いていて、情緒不安定になっているようだ。
「私も……っ、幸せです……っ!」
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