星を繋ぐひかり
頭がふわふわする。赤井さんの言葉にすぐ反応できない。
もしかして私の聞き間違い……?
いや、あんなにはっきり聞こえた言葉が聞き間違いであるはずがない。

「な、にを……」

赤井さんの問いに対して辛うじて声を発することができたのは、赤井さんが私に問いかけてから数十秒ほどが経過してからのことだった。

"君は、俺の恋人ではなかったのか?"

赤井さんは、確かにそう言った。今のこの状況で赤井さんが"君"と呼ぶ相手。どう考えても私のことだとしか考えられない。 この空間には、私と赤井さん以外誰もいないのだから。

赤井さんの言葉をそのままの意味で捉えたとしたら。
……だめだ。あまりにも混乱しているせいで思考が追い付かない。脳内ではその言葉の意味をほとんど理解しているのに、どうしてもその言葉を、そのままの意味で受け取ることができなかった。

中途半端に声を発してからも結局何も言えなかった私に追い討ちをかけるように、赤井さんはまた口を開いた。

「好きでもない女と出掛けるほど俺は物好きではないし、好きでもない女に時間をかけられるほど暇を持て余してもいない。これがどういう意味か分かるだろう?」

赤井さんの言っている意味は分かる。分かるけれど、その内容は到底信じがたいことだった。赤井さんが私のことを好き? 本気で? からかっている訳じゃなくて?

自惚れかもしれないから、と考えないようにしていたことが赤井さんの今の言葉で現実味を帯びていく。

そしてさっき赤井さんが佐藤さんに向けた敵対心のようなもの。私に対する発言と不機嫌さ。その全てに当てはまりそうな感情は嫉妬=B

「私が……赤井さんの恋人……ってこと、ですか……?」

混乱した頭でようやく口にできたのは、赤井さんの真意を確認するための言葉であり、私が先程から一番気になってしょうがなかったことだ。震える声で赤井さんに問いかけると、赤井さんは不思議なものを見るような目で私を見つめていた。

「違うのか? 俺はずっとそのつもりだったんだが」
「だって……そんなこと、一言も言ってくれなかった……」

言葉がなかっただけじゃない。たしかに時々スキンシップをとることはあったけれど、赤井さんが紳士的な男性だからエスコートをしてくれただけであり、まさか恋人同士のそれだなんて思いもしなかった。

「言わなくても分かるだろう? さっきも言ったが、好きでもない女のために時間を費やせるほど俺は暇ではない」
「そ、んなの……言ってくれなきゃ分かんないです……! 私……こういうの初めてだから……」

経験がない私に彼の行動から彼の真意を読み取るなんてことをできるはずがない。告白も何もないまま恋人だと言われても、「いつの間に?」としか言えないし、もしそういう素振りがあったとしても、勘違いや自惚れだという言葉で全て片付けてしまうだろう。

さっきよりも少し声量を上げて赤井さんにそう言えば、一瞬ハッとした表情を見せたあと、少し寂しそうな笑みを浮かべていた。

「そうか……そうだな」

ぽつりと赤井さんが一言呟くと、次の瞬間には真剣な眼差し。そしてその目が私の心までも射抜く。もう彼から目を逸らすことはできなくて、私もその目を見つめ返す。

「──好きだ。俺の恋人になってほしい」
「…………っ!」

表情を変えることなくまっすぐ私を見つめたまま、赤井さんははっきりと言い切った。

声が出なかった。何も言えなかった。

多少自惚れていた部分があったとはいえ、叶わない恋心を抱いたと思っていた相手からストレートに思いを伝えられるなんて思いもしなかったから。先程までの発言にもまさかと思う部分はあったけれど、やはり遠回しに言われるのと直球で言われるのとでは全然違う。

胸の奥が熱い。その熱が少しずつ全身に広がり、体温が上昇する。鏡を見なくても自分の顔が赤くなっているのが分かるほど火照っている。

好きな人に好きだと言われることがこんなにも嬉しくて、恥ずかしくて、それでも幸せだなんて思いもしなかった。心が温かいもので満たされていく。

けれど、まだ私の心の中には引っかかることがあって、心の底から喜べるような状態ではなかった。引っかかること。それは朝目撃した女性と赤井さんの関係だ。

「で、でも……今日、女の人と……デートしてたじゃないですか……」
「デート? 何のことだ?」

本当なら赤井さんが伝えてくれた思いに対する返事をするべきなのに、どうしてもあの人との関係が気になってしまう。からかっているだけなら構わないでほしい。余計なことで傷つきたくない。私なりの保身だった。

今日一日、私がずっと心にモヤモヤを抱えていた原因をようやく当事者に訴えると、赤井さんは澄ました顔で小さく首を傾けた。

「朝、出勤するときに見たんです。赤井さんが……綺麗な女の人と一緒にいるところを……」
「朝? あぁ、あれか。あいつはただの同僚だ」
「嘘。とてもお似合いでした。それに赤井さん、すごく楽しそうに笑ってた……」

あの赤井さんの笑顔と雰囲気を見て、私は二人が付き合っていると思った。あのとき見た二人は本当に恋人のようで、私に入る余地はない。反射的にそう思い、私は二人の前から身を隠したのだ。

言葉にすればするほどあの光景が思い出されてしまい、今の今まで浮かれ気分だったはずなのにじわりと目の奥から涙が込み上げる。そんな私とは対照的に、さっきまで真剣な表情でこちらを見つめていた赤井さんの表情が緩められた。

「仕事の打ち合わせをしていただけだ。あの後すぐに別行動をしたよ。そんなに俺とあいつが一緒にいるところを見るのが嫌だったのか?」

涙で滲む視界に赤井さんの不敵な笑みが映る。確かに隣同士に並んだ二人を見たとき、私の心の中にはほの暗い感情が芽生えた。赤井さんに恋人がいるだなんて信じたくなかったし、もし特定の人がいるのならこれ以上関わらないでほしいとも思った。

そういう負の感情を抱えて涙を浮かべながら話したのに、なぜ赤井さんはこんなに嬉しそうな表情をしているのだろう。

「まさか君も妬いてくれるとはな」
「妬い、て……?」

私のこの感情が嫉妬だと言うの?
言葉では上手く説明できないけれど、嫉妬以上に諦めの感情の方が強い気がする。たしかに羨ましいと思った。私も赤井さんの隣にいたいと思った。けれど、二人があまりにもお似合いだったので、私のような地味な女は釣り合わない。
そう思って気持ちに蓋をしようとしていたのに。

「それで、君の返事は?」

何も言わない私に赤井さんが問いかけた。何か言わなければ。でも何て返事をすればいいのか分からない。「私も好き」だと一言伝えればそれで済むことなのかもしれないけれど、自分の気持ちを伝えることに恥ずかしさを感じて、その言葉を口にするよりも先に赤井さんの気持ちを確かめる言葉が出てしまう。

「……え、あの……ほんとに……? 冗談じゃなくて……?」
「あぁ。冗談でこんなことを言うはずがないだろう。君が俺の言葉を信じられないというのなら、君が信じられるまで何度でも愛を伝えよう」


「──名前が好きだ」


赤井さんは先ほどから私の感情と思考が追い付かないまま話を進める。そのせいで私の頭の中はずっとパニック状態。モスグリーンの瞳が私から逸らされることはなく、私も彼から目を逸らすことができなかった。

「君の気持ちは聞かせてくれないのか?」

私を諭すようにゆっくりと話しかける。赤井さんはきっと私の気持ちを見抜いた上でこういう聞き方をしているのだと、なんとなく彼の表情から分かった。
先程からずっと、楽しそうで嬉しそうな、穏やかな笑みを浮かべているから。

もうだめだ。これ以上気持ちを誤魔化すことはできない。

「わ、たしも……です……」

さすがにまだ「好き」とはっきり口にすることはできなくて、辛うじて同意の言葉を告げる。



ふっと笑った赤井さんの腕が私の方へと伸ばされたかと思えば、次の瞬間には私の体は彼の腕の中に閉じ込められていた。



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