北極星のみつけかた
前回、デートの途中で仕事に戻ることになった赤井さん。私はそれを咎めようとも、仕事を選んだことを責めようとも全く思っていなかったのだけれど、どうやら赤井さんには罪悪感があったらしい。あれから約一週間経った今日、私たちはまたデートの約束をしていた。


『次は名前が行きたいところに行くから、行き先を考えておいてくれ』

赤井さんにそう言われたので、この一週間暇な時間は常にスマホとにらめっこ。いつもより電池の消耗が激しくて電車の中で充電がなくなるし、家でも充電しながらスマホを触る時間が長くなってしまった。

でも、どれだけネットやSNSを駆使して検索してみてもどこがいいのか分からない。行きたいところが全くないわけではないけれど、私の趣味に付き合わせるわけにはいかないのではないかと思うとどうしても決めかねる。

そんなことを考えているうちにあっという間に一週間が経ち、とうとうデートの当日を迎えた。なんとか行き先の候補を絞り出したけれど、そこに赤井さんが行きたいと思ってくれるかも分からない。

デートの行き先も大事だけれど、それよりも私が気にしていること。

『ここは次回にとっておく』

私の唇に触れながら、赤井さんが帰り際に言った言葉。もしあの言葉が本当なら次回≠ニいうのは今日のデートのこと。今度は唇にキス……されるのかな。彼の言葉を妙に意識している自分がいる。

もうすぐ赤井さんが迎えに来る時間だ。





「この間はすまなかったな」

車に乗り込んで赤井さんが最初に発した言葉は、先日のデートに対する謝罪だった。私は本当に気にしていないのに、どれだけ律儀な人なのだろう。

「いえ、気にしないでください」
「ありがとう。それで、行き先は決まったか?」
「本当にどこでもいいですか……?」

赤井さんの反応を見ながらおそるおそる問いかける。

「もちろん」
「じゃあ……プラネタリウムに行きたいです。改装したって聞いてからずっと気になってて……」
「了解」

赤井さんは嫌な顔一つせず、それどころかどこか楽しそうに車を発進させた。自宅の前をゆっくりと通り過ぎると、車はあっという間に大通りへ。休日の昼過ぎということもあって道行く人は多く、友人同士や恋人同士、家族連れなど様々な人の姿が窓の外に見えた。まさか私が休日に恋人と出かける日が来るなんて夢みたいだ。

「星を見るのが好きなのか?」

なんとなく浮かれながら視線を外に送っていたけれど、赤井さんの声を聞いて顔と意識をこちらに戻す。運転する赤井さんの横顔、やっぱり好きだなぁと心に秘めながら。

「はい。全然詳しくはないんですけど、星空って綺麗だし、今見えてる光が何百年とか、それ以上も前のものだと思うと壮大で神秘的だなって。うまく言えないんですけど……」
「ホォー?」
「ごめんなさい、興味ないですよね」
「いいや、名前のことをまた一つ知ることができた」

ふっと息を漏らす声と柔らかな微笑み。よかった、呆れられていない。赤井さんも楽しいと思ってくれるんだ。行き先も私が決めたところだし赤井さんがどう思うのか不安だったけれど、同じ気持ちでいてくれるのならよかった。赤井さんには聞こえないように、ふぅと安堵のため息を漏らした。

緊張しつつも以前より少し慣れたのか、他愛もない会話の数も増えた。赤井さんに聞かれたことに対して返答したり、逆に私が赤井さんに問いかけたり。お互いのことを今よりもっと知る上で大切な時間。

そうしている間にも車は目的地に向かって走行し続け、いつの間にか正面には大きな球体が見えていた。私たちの今日の目的地である。お気に入りの場所に好きな人と一緒に来られること。それが何よりも嬉しくて、笑顔が絶えることはなかった。

「運転ありがとうございました」
「気にしなくていい。行こうか」
「はい」

差し出された手にそっと手を乗せると、さも当然のように指を絡めてくれた。やっぱりまだドキドキはするけれど慣れというのは恐ろしいもので、こうして手を繋ぐのを楽しみにしている自分がいる。少しでも赤井さんに触れられるだけで幸せを感じ、そしてもっと触れたいとも思う。あんなに恥ずかしさが先行していたのに、いつの間に貪欲になっていたのだろう。


無事に十六時からの上映チケットを購入したので、時間になるまで展示物を観覧することになった。星の名前はもちろん、月の満ち欠けから惑星、星座、銀河系など様々な展示物が並んでいる。星を見るのが好きだと言っても専門的な知識はほとんど持ち合わせていないに等しいので、興味はあるのだけれど知らないことばかり。

中でも特に気になったのが、《北極星の見つけ方》というものだった。いつも真北で輝いていて、正確な北の方向を教えてくれる星。他の星が季節で、そして時間で場所を変えるのに対し、北極星だけは一年を通して同じ位置で輝いている。昔から方角や位置を確認する目印にされていたそうだ。

……ここまでは知っているけれど、いざ北の空を眺めても見つけられた試しがない。都会の空は明るく、高い建物が多いのでそもそも北の空が見えないのだけれど。

展示には北斗七星から見つける方法と、カシオペア座から見つける方法のニ種類が記されていた。いつか見る機会ができたときのために覚えておこうとその展示の前で立ち止まる。

「ホォー、ポラリスか」
「はい。見つけ方、覚えておこうと思って」
「実践できるといいな。真剣なのはいいが、そろそろ時間じゃないか?」

赤井さんに言われて腕時計を見てみると、上映時間の五分前。展示物が興味深くて、時間を忘れて見入ってしまった。

「あ、ほんとですね」
「行こうか」
「はい」

指定された席は最後列で、プラネタリウム全体が見やすそうな位置だった。カップルシートなるものが最前列にあるのだけれど、あからさまな位置を選べるほど私たちの関係は深くない。その席を避けた結果、運良く最後列が指定されたようだ。

さすがに十六時ともなればプラネタリウムを見る人の数はまちまちで。数組の家族連れ、カップル、一人で楽しむ人。広い館内では席がかなり余るほど。それも考慮されているのか左右、そして前の席にも人はいなかった。ここなら人の気配を気にすることもなく上映を楽しめるかもしれない。

既に薄暗い館内でちらりと隣に座る赤井さんに視線を送れば、赤井さんもこちらを見ていたようで思いがけずに目が合った。目が合った瞬間、赤井さんの目元が下がったので私もつられて微笑み返す。薄暗さが赤井さんのかっこよさを引き立てているようで、胸の奥が大きく跳ねた。

一体いつからこちらを見ていたのだろう。

「そろそろ始まるようだな」

赤井さんの手が私の手にそっと重ねられた。せっかく触れているのならやっぱり手を繋ぎたくて、赤井さんの手の中で手首を返す。私の意図に赤井さんも気付いてくれたようで、先程と同じように指を絡めてくれた。

そうしている間に残りの照明も消灯し、次第に辺りは真っ暗になっていく。上映が終わるまでずっと赤井さんと手を繋いだままだったので、星空の解説やナレーションは半分も耳に入らなかった。



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