オリオンがみてる
「すまない、遅くなってしまったな」
「いえ。あまりにも綺麗だったから私も見入っちゃいました」

気付けば時刻は午後十時を回っていた。どうやら私たちは一時間以上も星空を見上げていたようだ。夢中になっていたせいで帰りが遅くなってしまったけれど、赤井さんと一緒に星空を見ることができて、更に流星まで見られるなんて本当に夢のような時間だった。

でも楽しい時間にはいずれ終わりがやってくる。心を奪われるほどの星空を見て気持ちが高ぶっているからなのか今日はいつもより赤井さんと離れがたくて、ベンチに座ったままそっと腕を絡ませた。

「名前……」

愛おしげに名前を呼ばれたので顔を上げると、赤井さんの手が私の頬をそっと包み込む。赤井さんも私と同じ気持ちでいてくれるのだろうか。

赤井さんの冷えた手のひらと、私の冷えた頬。温度差はほとんどないに等しい。そのままゆっくりと私たちの影が重なり、唇が触れ合った。いつもは熱を持った口づけも秋の夜風に当てられていたせいかひんやりとしていて、なんだか物足りないように感じてしまう。

けれどそれは最初の数回、赤井さんが私の唇を啄んでいる間だけのことだった。何度も唇を重ねられれば気持ちが抑えられず、自然と体温は上昇していく。頬に添えられていた手は後頭部に回され、更にもう片方の腕は私を抱きしめて離さない。

十月下旬の夜。冬の寒さに近いはずなのに体が熱を持っているせいで、寒さなんて忘れてしまいそうだ。周囲に誰もいないのをいいことに、赤井さんがキスをやめる気配はない。当然私も抗えず、赤井さんに身を任せる。

「っ、ふ」

突然下唇を舐められたことでつい息が漏れた。舌先が下唇を這ったあと、何度もなんどもキスを繰り返す。少しくすぐったいけれど心地よくて、頭がふわふわして何も考えられなくなっていく。やめてほしくない、ずっとこうしていたい。そう思えるようなキスだった。

体の力が抜けるほどのキスを繰り返されているうちに、下唇をなぞっていた赤井さんの舌先がぬるりと唇の隙間に差し込まれた。

「……っ!?」

驚いて身を引こうにも、赤井さんの手が私の後頭部を固定しているので引くことはできない。今までのキスとは明らかに違う。唇の隙間を割った赤井さんの舌はゆっくりと私の歯列をなぞってから、どう応えればいいか分からない私に教えるかのように少し強引に口内へと侵入した。

舌同士が触れ合ったことで今まで感じたことのない感触に包まれ、頭のてっぺんからつま先まで何かが走り抜ける。初めての感覚に驚いて、反射的に舌を引っ込めていた。けれど赤井さんの舌がそれを探すように奥へとやってくる。

探るような舌遣いで私の口内を動き回ると、あっという間に私の舌を見つけて裏側を伝った。そして形を確かめるようにゆっくりと周囲をなぞっていく。背中がぞくぞくするような、頭の芯が痺れるようなへんな感覚に襲われた。

キスが深くなるにつれてだんだんと思考が奪われていく。どうすればいいのかなんて考える余裕はない。ただ、赤井さんのキスに応えなきゃいけないと思った。

赤井さんとの距離をもっと縮めたい。触れたい。愛されたい。愛し合いたい。

私はおずおずと、赤井さんの舌に自らの舌を重ねた。それを待っていたかのように赤井さんは私の舌を絡め取る。お互いの唾液が混じり合い、いやらしいと思えるような音が聞こえた。

息つく間もなくて苦しい。でもずっとこうしていたいとも思う。深いキスをしたままどうやって呼吸をすればいいのか分からないので、時々できる隙間から少しずつ酸素を取り込む。当然のようにその間もお互いの舌はしっかりと触れ合っていた。酸素が足りないからなのか、キスが甘いからなのかは分からないけれど思考は麻痺したまま。

「っん、はぁ……っん」

くすぐったさとはまた違う、快感のようなものに包まれたからか吐息に混じって小さな声が漏れる。ずっとこの幸せに包まれていたいけれど、そろそろ限界がやってきたかもしれない。そう思ったところでようやく後頭部に回された赤井さんの手が緩められ、名残惜しそうに唇が離れた。

――これが、大人のキス。

あまりにも熱くて、甘くて、幸せで。キスだけで身体が溶けてなくなってしまうかと思った。身体中の力が抜け落ちたような感覚に加えて、余韻のせいか何も考えられない。今、私の頭の中は赤井さんでいっぱいだ。

赤井さんを愛しく思う気持ちがどんどん湧き上がる。好きで、本当に好きで、どうしようもないほど溢れ出す気持ちを抑えることもできず、彼の背中に手を回してぎゅっと抱きついた。

「……名前さえよければ、今夜は俺の家に泊まっていかないか?」
「え……?」

私を抱きしめながら耳に寄せた赤井さんの唇が、予想もしていなかった言葉を紡いだ。聞き間違いではないかと思うような言葉。でも呟くように発せられた低音はやけに鮮明で、はっきりと私の耳に残っている。「帰りが遅くなってしまうのもあるが……」と前置きをしてから、赤井さんは言葉を続けた。

「――もう少し名前と一緒にいたい」
「っ……」

つまり……そういう意味、だろうか。付き合っている男女が恋人の家でお泊り。きっと何も起きないわけがない。いつかはこんな日が来ると思っていたし私自身も望んでいた。けれど、まさか今日がその日になるとはさすがに思いもしなかった。

突然の提案に心の準備なんかできているはずがなくて言葉に詰まる。こういうとき、一体どう返事をすればいいのだろう。胸の奥で入り混じる期待と不安と緊張。うまく言葉が出てこない。

「いや、いい。今のは忘れてくれ。名前に無理強いをしたくないからな。驚かせてすまなかった。家まで送ろう」

私が返事をしないことで嫌がったと、拒否したと思われてしまっただろうか。決してそんなことはない。赤井さんともっと深い関係になりたいと、いつかは一夜を共にしたいと自ら望んでいたのだから。

私を抱きしめる腕を緩めて、赤井さんはゆっくりと立ち上がる。誤解されたくない。私だってもっと赤井さんと一緒にいたい。

「あ、あの……!」
「ん?」
「わたしも……私も、赤井さんと一緒にいたい、です……」

赤井さんに続いて私も立ち上がり、服の裾を指先できゅっと引っ張って引き留めた。ありったけの勇気を振り絞って伝えた言葉。あまりにも大きな羞恥心と、極限に近い緊張感を抱いていたせいで声は震えていただろう。赤井さんの顔を見ることはできなかった。

「無理していないか?」
「……っ、はい……」
「では行こうか」

立ち上がった私をもう一度腕の中に閉じ込めてから、赤井さんは私の頭にキスを運んでくれた。そして私の腰に腕を回し、抱き寄せたまま車の方へと歩き出す。車に乗り込むまで私たちの間に言葉はなかった。



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