愛の証
お昼の休憩を終えてデスクに戻ろうとしたところで、何やら秀一さんのデスクの周りが騒がしいことに気がついた。一体何の話をしているのだろう。

「シュウは指輪しないの?」
「奥さんはしてるよな」

奥さん≠ニは私のことだ。秀一さんと私はひと月前に入籍したばかり。同僚たちが話しているとおり私の指には秀一さんとペアの結婚指輪がおさまっていて、真新しいプラチナの指輪は光を反射して程よくきらめいている。

聞き耳を立てるのはよくないと思いつつも、好奇心には抗えない。ここで私が現れたら話が中断するような気がしたので、話が落ち着くまでデスクに戻るのは諦めてフロアへの入口の物陰で息を潜めることにした。

「結婚指輪は左手にするものだろう。俺はレフティ、狙撃の際に感覚が狂ってしまっては任務に支障が出るし、そもそも名前に引き金を引かせるわけにはいかないからな。それに、指にはめなくても常に身に付けている」

秀一さんが任務中に指輪をしないことは知っていた。結婚指輪を一緒に買いに行ったとき、秀一さんが自ら口にしていたから。そして任務から離れると、私のものより一回りほど大きい指輪が秀一さんの左手の薬指で私と同じ光を放っていることも。

ほら、と首にかけたチェーンを引っ張り上げると、私とお揃いの指輪が秀一さんのシャツの襟元から顔を覗かせた。

「だからネックレスにしてるのね」
「あぁ。ここは最も心臓に近い場所。名前を一番近くに感じられるんだ」

初耳だった。秀一さんが結婚指輪をネックレスにして身に付けている理由。失くさないためだとは思っていたけれど、まさかそんな意味があったなんて。秀一さんの真意を思わぬ形で知ってしまい、更に愛の証を見ながら優しく微笑むものだから自然と顔に熱がこもる。

「はいはい、ごちそうさま。みんな、もう戻りましょ」

私本人でも照れるくらいなのだから、同僚たちはもっといたたまれないだろう。そそくさとその場を後にした同僚たちは各々のデスクに散っていく。私もデスクに戻ろうと思ったけれど、顔の熱が引かないので戻るに戻れない。


「聞いていたのか」

背後から愛しい声がした。そこにはフロアの入口に片手をつき、私の顔を覗き込むようにして立っている愛する旦那様の姿。

「すみません……」
「構わんよ。ん? 何を照れているんだ?」
「任務の関係で指輪をしないことは聞いてましたけど、その……なんでネックレスなのか、知らなくて……」

私を近くに感じられるから。秀一さんがそういう理由でネックレスにして身に付けているのなら。

「私もネックレスにしようかな……」

いつだって秀一さんを近くに感じていたいから。聞こえるか分からないほどのか細い声で呟いた言葉は秀一さんにも届いていて、私の言葉を耳にした瞬間、明らかに不機嫌そうにして眉間にしわを寄せた。

「だめだ。名前は今までどおり指にしていてくれ」
「? なんでですか?」
「虫除けだ。名前は俺のものだと周りに知らしめなければならないからな」

それなら秀一さんも指にはめて見せつけてほしい。秀一さんは私の夫なんだってことを。誰がどう見ても分かるように。──そう思うのは私のわがままだろうか。秀一さんはきっと知らない。結婚した今でも、数多の女性から甘い視線を向けられていることを。

心の内に燻る嫉妬心や独占欲を吐き出すことはできなくて、きゅっと下唇を噛んだ。

「そんな顔をするな。大丈夫、俺も名前のものだから。指にすることはできないが、いつもここに持っている。それとも名前のものだと分かるマークでもつけておくか?」

ここに、と秀一さんは自分の首筋を指差した。秀一さんが言うマーク≠ェ何を示すのか、言葉の意味をすぐに理解した私の体温は急上昇。

「もう! ここ職場ですよ!」
「ホォー? 家に帰ってからならいいんだな?」

さっきまでの不機嫌さはどこへ行ったのやら。秀一さんは楽しそうに、でも何かを含ませた不敵な笑みを浮かべた。

「期待している」

去り際に耳元でそう囁くものだから、午後からの仕事は全くと言っていいほど手につかなかった。



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