好きでも大好きでもない
※俺は別に好きじゃない!/ 気が付けばもう続き
「好きなんですよね?」
「だから、好きじゃない」
仕事終わり、珍しく巳波から食事に誘われたかと思えば、口から出るのは奈々美の話題ばかりで、俺は盛大にため息を吐いた。
何度目かわからない「御堂さん、本当は彼女のことが好きなんですよね?」という質問に、これまた何度目かわからない否定の言葉を返す。
「そろそろ素直になったらどうですか?」
「俺は事実を言ってるだけだぜ?それよりも、あと何回この話をすれば気が済むんだ?」
「御堂さんが認めるまで、ですかね」
「お互い年寄りになるだろうな」
やれやれ。と心の中で呟き、目の前のカクテルグラスを傾ける。先日のライブで奈々美が楽屋に来てからというものの、巳波は事あるごとにこの話題を出してくる。
「なぜ認めないんですか?」
「認めないも何も、好きじゃないものを好きって言うわけないだろ」
「はぁ…。本当、強情な人ですね」
「なら聞くが、巳波はなんでそんなに俺とあいつのことを気にかける?おまえには関係ないことだろ?」
ずっと疑問に思っていた。巳波がなんで俺と奈々美の事をこんなにも気にするのか。何か理由があるのか、それともただの暇つぶしなのか。まあ、後者だろう。そう思っていたのに、巳波は小さく笑った後こう言った。
「御堂さんにその気がないなら、奪ってしまおうと思って」
「…は?」
「なんて、冗談です。だからそんな怖い顔でしないでください」
くすくすと笑っている巳波は、本当にいい性格をしてると思う。
「生憎、私は色恋沙汰には興味がありません」
「そうかよ」
「ええ。ただ、いい加減素直にならないと、御堂さんの方が愛想を尽かされてしまう可能性もありますよね」
「はっ、そんな事」
「無いとは、言い切れませんよ。片瀬さん、狗丸さんのこと随分と気に入ってましたから。…狗丸さんの方も、満更でもないのかも」
そう言って巳波が見据えた先に目を向けて、俺はグラスを倒しそうになった。慌てて手で受け止めて事なきを得た俺は、再び目を向ける。
そこにはトウマと楽しそうに話をしている奈々美の姿があった。
「あいつ…」
それを見て、あの日ライブの後トウマをベタ褒めしていた奈々美の姿を思い出す。興奮で頬を染め、今まで見たことのないような笑顔でトウマの手を握っていた奈々美。
あの時心の中に突如現れたモヤモヤが、今再び顔を出したのがわかった。
「いい加減素直にならないと、後で後悔する事になるかもしれないですよ?」
巳波の言葉に押されるように、俺は2人のテーブルへと足を向けた。その道中、心の中で何度も舌打ちをする。
もう親の敷いたレールの上を歩くもんか。そう決めたあの日、幼い頃からの憧れにも、そして恋心にも蓋をした。しかし結局あいつを手放すことができずに許嫁という関係を続けてきた時点で、それが無駄な行為だということはわかっていた。
だから、好きではないと言い聞かせて、今までやってきたというのに。
「ちっ、全部台無しだ」
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「狗丸さんから食事のお誘いなんて、とても嬉しいです!」
「あっ、あはは…」
俺は今、トラの許嫁である片瀬さんと食事に来ている。と言っても、これは全てミナの計画のうちだ。
ことの発端は数時間前。歌番組の収録の合間のことだった。
「正直、イライラするんですよね」
「えっ…悪い、俺なんかしたか…?」
突然の発言に、ここ最新の自分の言動を思い返す。ミナをイラつかせるような事はしてない、はずだが…。
「失礼しました。狗丸さんの事ではなく、最近の御堂さんの事です」
「トラ?」
ミナの話を聞くに、最近トラは事あるごとに片瀬さんの話をするらしい。しかもその内容は「最近あいつの料理が美味しく感じる」だとか「何してるか気になる回数が増えた」だとか「雰囲気が変わって前よりかわいくなった」なんて具合に、言ってしまえば全て惚気。
そのくせに締めの言葉はいつも「ま、俺はあんな女これっぽっちも好きじゃないけどな」なのだとか。
「確かに、俺も何回か聞かされた気がする」
「狗丸さんも被害者でしたか」
「被害者って…」
「あの御堂さんが惚気るなんて。と、最初は面白いと思って聞いてましたが、あれだけ惚気ておきながら自分は好意を寄せていないなんてよく言えたものだと、最近はイライラしてしまって」
笑顔にも関わらず、その声色からミナが静かに怒っているのがひしひしと伝わってきた。
「まあ、なんでか知らないけどトラは頑なに認めないよな」
「さっさと認めてしまえばいいのにと思いませんか?そしたらあの惚気だって、幾分か微笑ましく聞けるというのに」
小さくため息を吐いたミナが、何かを思いついたように俺に向き直った。その笑顔がなんだか怖くて顔が引き攣る。
「いいことを思いつきました。狗丸さん、少し協力してくださいませんか?」
有無を言わせぬ笑顔で急遽実行する事になったこの作戦。主旨としては、トラにやきもちを焼かせて片瀬さんの事が好きだというのを自覚させる。というものなのだが…。
「なんで俺がこっちの役なんだ…」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや!なんでも!」
トラを店に連れてくる役と、片瀬さんを食事に誘う役、確実に前者の方が楽だし気苦労も無い。それを理由に立候補したのだが、「片瀬さんは狗丸さんのファンなんですよ?あなたが彼女を誘う役に決まってるじゃないですか」と一蹴されてしまった。
そんなこんなで片瀬さんと食事をしつつ話を聞いていると、彼女の口から出てくる話題の9割はトラの話。トラの事を話してる時の片瀬さんは本当に幸せそうで、そんな彼女を見ていたら無意識のうちに言葉が溢れていた。
「片瀬さんは、トラの事ちゃんと好きなんだな…」
「え?」
「えっ?…あっ!いや、ほら!その、なんつーか、許嫁って、親同士が決めるもんなんすよね?だからこう、好きじゃなくても結婚しなきゃなんないっつーイメージがあって…。トラは女遊び激しいし…って、あっ!」
何言ってんだ俺!と心の中で自分に呆れながら、俺は慌てて、ドリンクメニューを開く。なんか飲みます?という俺の苦し紛れの言葉を、彼女の上品な笑い声が遮った。
「えっと…」
「気を遣ってくださらなくて大丈夫ですよ。トラくんが普段どんな事をしてるかは全部知ってるので」
「あっ、そう…っすか…。あの、野暮な事聞くようで悪いんすけど、それでもトラが好きなんすか?」
「はい」
笑顔で言い切った片瀬さんに呆気を取られていると、再び上品な笑い声が俺の鼓膜を震わせた。
「他の女の人と遊んでるのに、なんで好きでいられるんだ?」
「えっ?」
「狗丸さんの顔に、そう書いてあるような気がして」
「いや、あはは…」
なんと返せばいいか分からず乾いた笑みを浮かべていると、片瀬さんはグラスの結露を指でなぞりながら呟いた。
「本当は、私が婚約を破棄したいと言えば、この関係はすぐに終わらす事ができるんです」
「え?」
「この婚約は御堂からの申し出なので、こちらに決定権があるのだと、父が」
「そういうもんなんすか…」
「私も詳しくはわからないんですけど…。ただ、私はトラくんが好きなので、トラくんが私の事嫌いでも、婚約破棄する気なんて無いんです。好きな人の幸せを願えないなんて、ダメな女ですよね」
さらっと言われたその言葉に、なぜか俺が照れてしまい、目を泳がす。
「私のわがままでトラくんの未来をもらうのに、トラくんの今も欲しいなんて、そんなの自分勝手すぎてバチが当たっちゃう」
そう思いませんか?そう言った片瀬さんの顔がなんだか寂しそうで、その目尻に溜まっているものを見つけた瞬間、無意識のうちに彼女の目元に手が伸びた。
あと数センチで触れる距離のところで、俺の手は勢いよく振り払われる。
「おい、俺の女に勝手に触るなよ」
顔を上げればそこにはむっとした表情のトラがいて、その目つきに思わず怯む。
「トラ…!」
「えっ…?」
彼女との話に夢中で、トラが同じ店にいる事をすっかり忘れてしまっていた俺は酷く動揺した。トラ越しにミナが頷いたのが見えて、俺は予め用意していたセリフを頭の中の引き出しから引っ張り出す。
「トラ、俺はなあ…!」
「おい、帰るぞ奈々美」
「えっ、でも」
「なっ!?ちょ、待て!せめて俺の話を聞いてから行けよ!」
用意しておいたセリフを言わせる暇も無いほどの速さで片瀬さんの荷物を手に取り、彼女の腕を引くトラ。それになんとか噛み付くも、先程より鋭い目つきをつけられて萎縮してしまう。
「話を聞く気はない。おまえがこいつに気があろうと…奈々美は俺の女だ」
ほら行くぞ。そう言って有無を言わせず片瀬さんの手を引いて出口へ向かうトラ。片瀬さんは俺に何度も頭を下げながらそれに必死について行く。2人の後ろ姿を見送った後、遠くからこちらを見ていたミナが席までやってきて満面の笑みを浮かべた。
「作戦大成功みたいですね」
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「あの、トラくん」
デジャブを感じながら、前を歩くトラくんに必死に着いていく。掴まれている腕はいつもより力が強くて、ほんの少しだけ、痛い。
エレベーターに押し込まれ、そのドアが閉じると同時に壁際まで詰められて内心焦る。
最上階のラウンジから地上1階のロビーまで直通のこのエレベーター。乗客は私達2人だけで、逃げ場はどこにもないのだ。
「俺がいつ、おまえを嫌いって言ったんだ」
「えっ…?」
「さっきトウマと話してただろ」
鋭い目から逃げるように俯こうとするも、私の顎に手を添えられたトラくんの手によって、それは叶わなかった。
「嫌いなんて言った覚え、俺は無いぜ」
「…でも、私の事好きじゃないって」
「ああ…おまえのことなんか、好きじゃない。…そう、言い聞かせてきたのにな」
その言葉に驚くよりも先に、唇に何かが触れる。一瞬触れて離れていったそれは、トラくんの唇で、彼の名前を呼ぼうと口を開けば、今度は噛み付くような深いキスが落とされる。トラくん越しに見えた階数表示は、7階を通り過ぎたところだった。
3階を過ぎた頃、音を立てながら離れていったトラくんの唇には、私のルージュの色が移っていた。肩で息をしている私とは打って変わって、トラくんはそれを慣れた手つきで拭う。
そして私の耳元に唇を寄せ、吐息まじりに名前を呼んだ。
「奈々美…一度しか言わないからちゃんと聞けよ」
「ちょっ、トラくん待って、もう着いちゃう」
「いいから黙ってろ。俺はお前のことが―」
―チーン
トラくんが最後まで言い切るよりも早く、エレベーターが1階到着の合図を鳴らした。それと同時に自動でドアが開き、私たちの間に沈黙が訪れる。
「…降りるぞ」
そう言ってトラくんは私の手を引き、足早に歩き出した。
さっきみたいな乱暴な引き方ではなく、優しく包み込まれた手から、言葉にならなかった彼の気持ちが伝わってきた気がして、視界がだんだん歪んでいく。
「ねえ、トラくん」
「…なんだ」
「私もね、トラくんが好きだよ」
「…そうか」
広い背中に向かって、何度も投げかける好きと大好き。不意に足を止めたトラくんは、その言葉を鼻で笑った後、再び私の耳元に唇を寄せて囁いた。
「残念だが、俺がさっき言おうとしたのは『好き』でも『大好き』でもなくて『愛してる』だ」
二度と言わないから、ちゃんと覚えておけよ。
そう言って再び歩き出したトラくんの背中に、私も愛してるよ。と投げ掛ければ、私の手を握っている大きな手の力が、ほんの少し強くなった。
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