午前2時


「天満。」


「ん……。」



夜も更けた午前1時。月明かりだけがぼんやりと照らす真っ暗な部屋。なんだか申し訳ないと思いながらも、隣で眠っていたきみを揺すって起こす。天満はまだ目を開けずに、何だよと言った表情で眉間に皺を寄せて小さく返事をした。わたしだって寝ている天満を起こすのは忍びない気持ちでいっぱいなんだけど



「何…。」


「いや、ごめん。うなされてたから。」


「あー……そっか。えっと、ごめん、起こした?」


「わたしは大丈夫だけど…天満は?」


「……どうだろ。」



どうだろってなんだ。そう思いつつも深くは突っ込まない。寝呆けているだろうし、夢現の状態なんだろう。高校の時に比べて随分と長くなった髪を掻き上げてまだ眠そうにとろんとした目を擦る天満。次いでわたしの背中に腕を回してそっと抱き寄せてくる。「急にどうしたの」と慌てるわたしの肩口に頬を擦り寄せて、はあ、と深い溜め息を一つ落とした


やっぱり、大丈夫じゃないじゃん。


こういう時の天満は高校の時の夢を見てたに違いない。バレーに直向きで、自信に満ち溢れていた頃の天満の夢。べつに今の天満が直向きじゃないとか自信がないとかそういうことではないが、あの頃の天満はバレーが全てで、それでいて余裕がなかったから。いつも何かに追い詰められているみたいだったから



「天満?」


「あー、落ち着く。」


「……そう。」


「なまえ。」


「ん?」


「ありがと。」



消え入りそうな声で落とされた言葉。小さな溜め息と一緒にわたしの肩口に当たって、霧散。わたしはその言葉に応えるように、「仕方ないなあ」なんて笑いながら髪を撫でつけるようにして天満の頭をそっと撫でた。本当、随分と長くなったなあ。



「明日…っていうか今日か。今日の授業何時から?」


「えっと、確か4限目だったかな。」


「じゃあ、午後からだな。」


「そうだけども。」


「もう少し、このまま。」


「今日は甘えん坊さんだね。」


「甘えさせてくれるんだろ。」


「まあね。」



高校の時は自分で、一人で何とかしなきゃ、強くならなきゃって甘えてこなかった天満が、烏野を卒業してからまるで憑き物が取れたかのように纏う空気が柔らかくなって、よく甘えてくるようになった。その代わり、あんなに熱を上げていたバレーは辞めちゃったけど、それはそれで良かったんだと思う

自分がやりたいと思うことをまた見つけて、東京に出てきたけど、あの頃みたいに追い詰められてないみたいだから。わたしはそんな天満と一緒に東京に出て、いつの間にか一緒に暮らすようになって



「あのさあ。」


「何?」


「高校の時のおれって、結構怖かった?」


「あー…今の天満からは想像できないくらいね。」


「まじか…そんなに?」


「そうだよー。ロッカーに頭突きをかました時はどうしようかと思った。」


「え?おれそんなことしてた??」


「してたしてた。冴子ちゃんビビってた。」


「あー…田中?」


「そそ。それ以外にもあるけど…あの時はロッカーが壊れてなくて良かった。」


「心配すんの、そっち?」


「そりゃそうだよ!壊したら反省文どころじゃないでしょ。」


「おーう…。」



やるせない声を出してがっくり項垂れる天満に思わず笑ってしまった。つられて天満も笑うもんだから、何だか嬉しくなってによによと自然と上がる口角。お世辞にも広いとは言えないベッドで二人抱き合って何をしているんだか。しかもこんな時間に。それがまたちょっとおかしくて

天満がわたしの肩に預けていた頭を上げて、少しできる距離。月明かりだけが差し込むこの部屋でも暗闇に慣れた目で天満の顔がよく見えた。すり、と天満の頬を撫でてみれば、気持ち良さそうに目を細めて何だか猫みたいだなあ、とか思ったりして



「なまえ。」



名前を呼ばれて首を傾げたわたしの顔に天満の顔が寄る。頬を掬い上げて、少し上向きにされたと思ったら、後頭部に添えられた天満の手で頭を固定されると、そのまま前へと引かれてぶつかる唇。寝起きの少し渇いた唇を濡らすように、小さなリップ音を響かせながら何度か角度を変えて口付けられて、ふわふわした頭でわたしはそれを受け入れるだけ

啄むだけだったキスが少し色を変えて。息を吸うために少しだけ開いた唇の隙間を埋めるように差し込まれる天満の舌。んー、とくぐもった声で苦しいアピールをするも無視されて、天満の胸をどんどんと叩いた



「はあ。」


「んっ、ちょっ、ま、待っ、て、てん、ま。」



合間で声を上げるも、息が整わないし、言葉を紡ぐ間も与えないかのように、ぱっくり食べられる唇。飲み切れなかった唾液が口の端から溢れる。それにも構わず天満の舌がわたしの口内を弄った


えー…変なスイッチ入ったかな。


酸素不足で少しぼーっとする頭で考える。ていうか、どこでスイッチ入ったんだろう。全くもってそんな空気じゃなかったと思うんですけど。やばいなあ、なんてちらりと時計に目をやれば、いつの間にか時刻は午前2時を回っている



「んうっ。て、んまっ。ちょ、ちょっと待って、てばっ。」


「ん。」



ゆっくり離れる唇。どちらのとも言えない唾液が線になって、離れたわたしと天満の間を繋いで、ゆっくり切れた。お互いの息遣いと時計の秒針が時を刻む音だけがこの部屋を占拠する。深呼吸を繰り返して何とか呼吸を整えると、熱っぽい視線をこちらに投げ掛けてくる天満の頬をむにっと摘んでやった



「何すんだよ。」


「それはわたしの台詞ですけど。」


「午後からだろ?」


「いや、そうだけど。今2時だし。」


「おれは大丈夫。いける。」


「天満がいけてもわたしは大丈夫じゃないよ!」


「寝る時間は確保する。たぶん。」


「たぶん?!」



たぶんってなんだ、たぶんって。


寝る時間ぐらい確保して欲しいんですけど、ってそうじゃなくて、もう寝ようよと提案をしたくてだね、わたしは。ひいっ、なんて言って青くなるわたしをよそにぐるりと視界が回る。さっきまで視界の端で捉えていた時計が消えて、見知った天井が目に入った。「ちょ、ちょっと待って!」と慌てるわたしの首筋に天満が顔を埋めて、ちゅう、と音を立てる



「んっ。」


「今寝たら怖い夢、また見るかも。」


「大丈夫大丈夫!ノープロブレムだよ!きっと!!」


「甘えさせてくれるんだろ?」


「いや、ちょ、…っと、これとそれとは話が別っていうか……。」


「なまえ。」


「…っ!」



耳元で吐息交じりに名前を呼ばれてぞくぞくと体が震えた。そうされることが弱いってことを天満はよく知っている。首元に掛かる天満の髪がくすぐったくて、身じろぎしても腕はベッドに縫い付けられて抵抗虚しく終わるだけ


仕方ない、なあ。


ごくりと生唾を飲み込んで決意を固める。わたしへと向けられた熱っぽい天満の瞳の中に不安の色が見えてしまったから。少しだけ、本心が混じっていたのかも。さっきの言葉に。今寝たら、怖い夢を、追い詰められていた高校の時の夢を見そうだって

あの時よりも少しだけ大きくなった背中へ腕を回して引き寄せる。エースだった頃の背中より、随分と柔らかくなった感触に少しだけ寂しさを覚えるけれど、わたしは今の天満の方が好きだから



「天満。」


「ん。」


「好きだよ。」



ぎゅっ、と力を込めて抱き締めながら落とした言葉。怖い夢も泣きそうなきみも全部抱き締めてあげよう。仕方ないから受け入れてあげよう。そんなことを思いながらきみの頬をすりすりと擦ってあげれば、天満はちょっと泣きそうな顔で、「おれも」なんて甘い言葉を吐きかけた唇をそっとわたしの唇へと押し付けた



午前2時、夢先案内人にて。
きみを幸せな夢へとご案内してあげよう、なんて。


(あ、明るい…。)
(なまえは午後から授業だろー。)
(だから嫌だって言ったのに…。)
(え、嫌だったの?あんなだったのに?)
(ううううるさいなっ!)


月明かりだけだった部屋の中を燦々と照らす太陽が目に痛い。ちくりと現実を突き付けられて、苦情を言えば、「あんなだったのに?」なんて返されちゃってもう嫌になる…。ばかばかと力の限りきみの胸をどんどんと叩いてやれば、「いてて」と言いながら、わたしの腕を掴んで、次いで引き寄せられる体。油断していたせいできみの胸に勢い良く鼻をぶつけて頭がくらり。仕返しだと言わんばかりに、むぎゅう、と羽交い締めにして苦しいくらい抱き締められたと思ったら聞こえてくる寝息。おいおいわたしは抱き枕か!と突っ込もうと思ったけどやめた。ばかみたいにわたしもきみの背中に腕を回して、むぎゅう、と仕返しで抱き締めてやるんだ。そして、「おやすみ」って言って、幸せを腕いっぱいに閉じ込めたまま夢の中へとご案内するの

あとがき
宇内さんのことよくわからんけど書いてみた。髪伸びて可愛い子ちゃんになってたから、つい…。



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