甘い魔法


「何をしている。」


「芋虫ごっこ。」


「そうか。」


「ねえ、ちょっとは突っ込んで。大丈夫かとか声掛けてくれてもいいんだよ!」


「いや、芋虫ごっこなら特に心配する必要はないかと思ったんだが。」


「嘘です!転びましたよ!これでいいですか!!」


「……?いいんじゃないか。」



強がりで言った言葉を真に受けられて、そうか、なんて反応されたら自分で言っておいて何だが少し悲しくなった。転んだから心配してよなんて言えば、「大丈夫か」なんて言われてもっと虚しくなる


斉藤先生のせいだ!大体女子一人でこの量のプリントを運ばせる?!


事の発端は、今度予定されている合宿のプリントの印刷、配布準備を頼まれたことから。マネージャーの数が少ないので、基本は一年生が少ないマネージャーの代わりを務めるのだが、生憎今日は練習試合だとかで人が出払っていて、仕方なくわたし一人で印刷と配布準備をすることに。一年生も選手だからマネージャーの空きがなかったから結局一人でやっていたんだろうけど。部員数が多いので、数枚のプリントも部数が増えれば当然一人で運んだりする量としては驚異的な量になった

それをまあ、不精なわたしなので、一気に運ぼうとしてこの様だ。階段を登り切ったところで安心してその後まさか転けるとは。散らばるプリント。両手が塞がっていたために強かにぶつけた両膝がじんじんと痛んだ。お皿にヒビが入ったかと思うほど痛かった。そうして、しばらく痛みに耐えていたら、冒頭の牛島の言葉である



「ていうか、牛島はなんでここにいんの。練習試合中でしょ。」


「休憩時間だ。」


「あ、そう。」


「みょうじはいつまでそうしているつもりだ?下着が見えてるぞ。」


「えっち。」


「いや、見たくて見ているわけではない。むしろ見せられているに近いんだが。」


「何それとんだ痴女じゃん。」



ごめんなさいね、見たくもないわたしのパンツを見せてしまって、と訳の分からない謝罪をする。何だよ、なんで痛い思いをした上でこんな謝罪をしなくちゃいけないんだ。わたしだって別にパンツを見せたくて見せてる訳じゃないよ!牛島に見られるんだったらもっと可愛いパンツ履いてきたわ!!とこれまた訳の分からないことを言えば牛島は「熊は可愛いと思うぞ」と言った。熊は、って!は、って!!ケツに描かれた熊に嫉妬するわ、畜生



「早く立て。誰か来たらどうする。」


「芋虫ごっこ楽しんでるって言う。」


「パンツ丸出しでか?」


「なんていうかオプションみたいなもんだよ。」


「意味がわからないんだが。」


「うん、わたしもわからない。」


「とりあえず立て。」


「…立てないの。」



グッと下唇を噛んで、恥を偲んで言えば、牛島は「最初からそう言え」と言ってわたしの脇に手を差し入れる。え、と声を発したと同時に持ち上げられる身体。うお、なんだ力持ち!とかふざけている場合ではなく、小さい子を高い高いする要領で持ち上げられて足がぶらぶらする。次いで、廊下の端に下されて、すとん、と着地した瞬間、ピリリとぶつけた膝が痛んで立てず、前のめりに倒れ込んだわたしの体を牛島が支えた


何だこれ!どういう状況だ!!


身長差があり、牛島のお腹の少し上辺りに顔を埋める形で抱き留められて、思わずドキドキしてしまった。牛島ファンに見られたら確実に体育館裏に呼び出されて蹴りをお見舞いされるやつだ!と思いながらも足に力が入らないのでわたしからは離れられないのだけど

牛島は至って普通にわたしの体を支える、というか腰に手を回して抱き留めている。何だよ手慣れてんのかよと悔しく思ったが、よくよく考えれば牛島はバレー馬鹿であんまり意識してないんだなという結論に至った。それはそれで悔しいと思うのは乙女心というやつだ



「歩けるか?」


「無理。」


「そうか。じゃあ、そこに座って少し待っていろ。」


「あ、はい。」



わたしは膝を抱えるような形で廊下の端に座り込む。所謂、体育座りというやつだ。抱えた膝を見れば痛々しいほどに赤くなっていて、少し擦ったのか擦り傷があった


内出血をしているみたいだから、明日には青くなっているんだろうなあ。


スカートから見える足が青かったらダサいな。そう思いながら痛い膝を撫でるとピリピリ痛んでじわりと涙で視界が滲んだ。牛島に見られるのは嫌だったから、牛島がこちらを見ていないことを確認しようとして顔を少し上げれば、牛島は散らばったプリントを拾ってくれているのが目に入って余計に泣きたくなる。大事な時期に、牛島の大事な時間奪って何してるんだろ。休憩時間だとか言ってたけど、たぶんとっくにその時間は過ぎているはずだ。情けない。選手のために動かなきゃいけないはずなのに、逆に迷惑を掛けて、馬鹿みたい



「みょうじ、どうかしたか。」


「牛島。」


「何だ。」


「ごめんねえ。」


「何がだ?」


「こんなこと、させて。」


「こんなこと?」


「牛島の、練習の時間奪って。わたし、マネージャーなのに。ごめんねえ。」



震える声で、泣いていることはバレないように謝る。何に対して謝ってるのかわからないという牛島にちゃんと伝えたら、余計ダメダメさを自覚させられてひどく落ち込む。あー、本当嫌になる

俯いたら、ポタポタと膝に涙が落ちてピリッと痛んだ。痛くて余計出てくる涙を拭うこともせず、下唇を噛んで耐えていたら、ぽん、と頭に乗せられた圧。思わず顔を上げればひどく優しい顔をした牛島がこちらを見ていて、ドキッとした



「何をそんなに落ち込むことがある。」


「え?」


「みょうじは十分やっている。」


「でも。」


「少しはチームメイトを頼ってもいいぐらいだ。」


「うー。」


「なんだ、膝が痛いのか。」


「痛いよ。」


「そうか。」



俯いて唸るわたしに膝が痛いのかと聞いてくる鈍い牛島。あんたの言葉で泣いてんのよ、なんて言えるはずもなく、痛いと答えたら、そうかと一言。何だよう、そうかって。もう。そう思っていたら、頭に乗せられた手が消えて、俯くわたしの顔と膝の間に手が差し込まれて



「痛いの痛いの、飛んでいけ。」


「は。」



あまりにも不釣り合いなその言葉に、勢い良く顔を上げた。


どうした、牛島。あんたそんなキャラ違うじゃん。ていうか、痛いの痛いの飛んでいけって。え、ちょ、何!


頭の中は大混乱。おかげで引っ込んだ涙。口をパクパクと魚みたいに開閉させて、一気に熱を帯びる頬。牛島はそんなわたしを見て「トマトみたいだな」と笑って言った。トマトて!



「集まったな。」


「あ、運ばなきゃ。」


「歩けないんだろう?」


「そ、そうだけど。」


「ほら。」


「え?」



プリントを集め終わって、廊下の端に置くと、歩けないんだろと言ってくるりとわたしに背を向ける牛島。そしてしゃがみ込んで広いその背中が目の前に。どういうこと?とさっきの大事件も相まって処理できず、固まるわたしに牛島はほらと言って自分の背中を指し示した


えっと、これは乗れって、言ってるの?つまり、おんぶをすると言われている?牛島が、わたしを?


廊下にはわたしと牛島の二人なんだから、当たり前の話だけれど、辺りを見渡してしまった。実は別の誰かが隠れて牛島が助けようとしてるのかもとか。当然だけれどやっぱり廊下にはわたしと牛島しかいなくて。そもそもわたしの目の前に牛島の背中があるんだから、わたしにおんぶをするって言っているに決まっているのに、目の前で起こっていることが衝撃的すぎて脳が現実逃避をし始めたらしい

早くしろ、と急かされて、何だがじわじわとその嬉しさが湧き上がってきて、その背中に飛び乗れば、よろけることなく受け止められちゃってちょっと悔しい。首に腕を回して、キュッと力を込めたことを確認した牛島が、わたしの膝裏に腕を回して、すっと立ち上がる



「牛島。」


「ん?」


「ありがと。」


「……大したことじゃない、気にするな。」



素直に告げたお礼に、きみの耳が少しだけ赤いことに気付いて、わたしまで恥ずかしくなってきみのがっしりした肩に顔を埋めて、回した腕に力を込めた



きみの甘い魔法で涙を消して
膝はまだ痛いけれど、胸の痛みは消える、そんな魔法。


(あっれー、若利くん、なまえちゃん何してんのー?)
(て、天童!)
(ああ、みょうじが芋虫ごっこしていたから、捕まえたところだ。)
(芋虫ごっこぉ?それはいいけど、なまえちゃん熊パン見えてるよ。)
(何だと!)


きみがおんぶ慣れしているわけもなく、無造作に持たれちゃったもんだから、パンツが丸見えだったらしい。慌てて隠すも、ばっちり見られた熊パン。天童が「随分と色気のないパンツだねえ!」と笑いながら指を差してきて、ギロリと睨めば「怖い怖い」と逃げ出した。何だよう、べつに熊可愛いじゃん。唇を尖らせたわたしを横目でちらりと見たきみが至って真面目な顔で「パンツに色気は必要ないだろう。履ければ」なんて言って、少しがっくりきたけれど、これは彼なりのフォローだと受け取っておく。仕方ない。鈍ちんなきみだから、フォローも下手だと言うことだ。じゃあ、わたしは鈍ちんなきみにしか聞こえない声で「今度牛島に見られる時は色気のあるパンツにしとくよ」なんて言ってみれば、鈍ちんなきみでもその言葉はストレートに届いて、真っ赤な耳のまま「そうか」と呟いた。


あとがき
牛島に、痛いの痛いの飛んでいけって言って欲しかっただけ。白鳥沢戦を見返したので、うふふ。



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