当たり前


視線の先は少女漫画。中身に注目してみれば「運命の出会い」。目が合えばときめいちゃうような、そんな恋。目を通してみたものの全然参考にならない。そんなときめき、感じてないし。だって、目が合ってどきどき!なんてものがないんだもん



「わたしは本当に繋心のこと、好きなんだろうか。」


「知るかよ。ていうか、それ本人の前で言うか?普通。」


「だって繋心以外、誰に話せばいいのさー。」


「はあ…なまえ、女友達いんだろ。」


「いるよ。」


「そっちに相談しろ。おれじゃなくて。」


「したけどさあ。男の意見も聞きたいところだな。」


「だからって何故おれ…嶋田とか、いんだろ。」


「嶋田とかに言っても仕方ない。」


「仕方ないってことねえだろ…。」



レジが置かれたカウンター奥に設置された椅子にどかりと腰掛け、腕を組みながら怪訝な顔でわたしを見る繋心。わたしはその顔面白いね、なんて笑いながら、手に持つ少女漫画に視線を落とした


嶋田たちに言ったら絶対からかわれるし。


それに、繋心は何だかんだ世話焼きで真面目に話聞いてくれるじゃん。嶋田たちが話を聞いてくれないわけじゃないけど、絶対からかってくるだろうし。でも繋心は意外とそういうことしないし、そういうところがいいなととも思う

事の発端は、この少女漫画だ。勿論女友達には恋愛相談をした。そうしたら、恋のバイブルだと言われ、これでも読んでろ、と押し付け…お貸し頂いたのがこれだ。ときめき、恋と言うもんはこれだ!と言われて読んでみたものの、自分とはかけ離れていて迷子になってしまったのだ。大体なんでこんな一喜一憂するのかわからない。運命的な出会いって何。ドキッとするような展開なんて、わたしにはない。繋心と目があってドキドキとか、ないし…何なら隣にいても普通というかなんというか。少女漫画でよくある、キュンというものが全くないのだ



「つか、なんで少女漫画なんて読んでんだよ。」


「相談したら、友達が貸してくれた。」


「ふーん?」


「あっ、ちょっと取らないでよ。わたしの恋のバイブル!」


「恋のバイブルってお前なあ…うお、目がでけえ。」



繋心がわたしの手から少女漫画を奪い、「顔の半分以上目じゃねえか、化け物か」と夢のないことを言う。いや、わたしも思ったけどね。パラパラと読みながら「これのどこがいいんだ?」とか言う繋心。わたしは唇を尖らせながら店の中に設置された椅子に座りながら、足をばたつかせて手持ち無沙汰


本当、繋心のこと好きなのかなあ。


だって、こうしている時間もドキドキなんて、しない。二人きりなのに。いや、まあ、繋心の家がお店に繋がっていて、ご家族が近くにいるから二人きりではないんだけど、お店には今わたしと繋心の二人だ。だからってこの状況にドキドキしないってことは、やっぱり好きじゃないのか?少女漫画的にはドキドキポイントみたいだけど…密着が足りないのか?

がたりと椅子を鳴らして立ち上がり、カウンター内に入り込んで、椅子を引っ張り出して繋心の横に座ってみる。何だよ、というかおでわたしを見る繋心。至近距離。でも、ドキドキなんてしない。脈拍に変化なし。普通、だ



「近い。」


「ドキドキする?」


「何が?」


「わたしが近付いてドキドキした?」


「不気味。」


「不気味!」



なんだと!不気味って何だよ!!


ひどい言われように思わず笑ってしまった。よく考えれば急に近付いてきたら不気味だ。繋心は正直だなあと思って、また笑う。お前のツボがわかんねえ、と苦笑を浮かべる繋心。わたしもそう思うと言えば、何だよそれ、と言ってわたしの頭を小突いた



「で、何。」


「何ってなに?」


「いや、おれが知りてえよ。」


「いや、だからわたしが繋心のことを好きなのかわからなくなったっていう恋愛相談。」


「まず相談相手が間違ってることに気付け。」



そうは言っても、わたしが相談できる相手は繋心しかいなかったんだもん。そりゃあ、女友達はいるけど。いるけどさあ。答えは教えてくれなくて、押し付け、いやお貸ししてくれたのは少女漫画。それだけ。でも、繋心は世話焼きだし、中途半端とかやるならとことんって感じの性格じゃん。そう思ったら、やっぱり繋心しかいないよ



「なまえがおれを好きなんて初耳だけどな。」


「そりゃあ、初めて言ったもん。」


「だよな。」


「うん。」



肯定をして、会話打ち切り。沈黙が二人の間を占拠。繋心はただわたしが友達から借りた少女漫画を読む。ペラペラと頬杖をつきながらめくるページ。繋心の横顔と少女漫画を交互に見て溜め息を一つ。わたしのこの気持ちに名前をつけるなら何なんだろう。好きや恋はドキドキすること、なんだとしたらこの気持ちは?わからなくなる


これがもし恋だったら。


彼の横顔にドキドキ!とか二人きりの状況に心臓飛び出る!とかなってるのかな。でも、わたしはそう思えなくて。どちらかと言えば、この状況が当たり前、みたいな。こうやって繋心とだらだらと過ごす時間がわたしには当たり前で普通、だ



「繋心ー。」


「何。」


「繋心は恋とか、してる?」


「はあ?何だよ、急に。」


「だって、恋のバイブルという名の少女漫画じゃよくわからなかったから、人の経験談でも参考にしようと。」


「あほか。」


「何でだよう。」


「そんなもん人それぞれだろうが。参考になるわけねえだろ。」


「そんなもんか。」


「それにおれが今恋してるって言ったら自動的に振られたことになるぞ、お前。」


「確かに。」


「無邪気か。」



指摘されて初めて気付いた。確かに、恋してるって言われたら大変だった。でも、じゃあ、わたしのこの気持ちの物差しはどうしたらいいの?


繋心のことは好きなんだと思う。好きだと言えるくらいには。でも、それは友達として?それとも恋愛感情?よくわからない。好きなのは間違いないのに、この好きの種類は一体、何なのだろうか。そんな悩みを吐露してみれば、繋心が深くて大きい溜め息を一つ吐き出す。すかさずわたしが、「幸せ逃げるよ」なんて言えば、「誰のせいだよ」なんて返ってきて心外。いや、確かにわたしのせいだけどさあ



「なまえって時々、面倒臭えことばっか考えて坩堝にハマるよな。」


「そういう傾向はある。」


「なんでそんなにドキドキしたいんだよ。」


「だって。」


「だって?」


「繋心のことを好きだって言ってたカナちゃんが繋心と目が合うとドキドキするって言ってた。」


「カナちゃん誰だよ。初耳がいっぱいで処理しきれねえんだけど。」


「いや、本当今そこどうでもいいから。」


「どうでもいいのかよ。」


「カナちゃんがキラキラした目で頬を染めて、繋心のことを話すから、なんか、いいなあって思ったの。」


「ちょっと何言ってるかわかんねえ。」


「そう?」


「おー。」



そうかなあ、と首を傾げるわたしに、繋心がチョップを一発。脳がくらくら。何をするんだ!と頭を押さえながら涙目で見上げた繋心の顔。真面目な顔でわたしを真っ直ぐ見据えているもんだから、ごくりと生唾と一緒に痛いと言う文句も呑み込んでしまった



「で、何。自分と違えとか思ったのかよ。」


「うん。だってわたしドキドキしないもん。頬を染めて、キラキラなんかしてない。」


「お前は本当にばかだな。」


「何だよう。繋心よりは頭良いよ。高校の成績表持ってこようか?」


「おれが言ってるばかの意味はそういう意味のばかじゃねえよ!成績表とか持ってくんな!あほか。」



じゃあ、どういう意味なの?わかんないよ。


だって、本当にキラキラしていて、いいなと思ったんだよ。可愛いって思ったんだよ。それに、敵わないって思った。だって、わたし、あの子みたいに可愛くない。キラキラもしていない。こんな好きじゃ、あの子に敵わない。そう思ったんだよ。確かに繋心のことは好きだ。だけど、あの子みたいにならないわたしは、あの子とわたしの好きは別なのかなと思った。こんなに繋心と一緒にいるのに、近くにいるのに、わたしの気持ちは迷子になってばかりだ



「おれだって今更ドキドキなんてしねえよ。」


「え?」


「でも、おれは当たり前だって思ってんだよ。お前と、なまえと一緒にいるのが。」


「え、ちょ、ちょっと待って繋心…!」



心臓がばくばくと高鳴る。どうすればいいの。この気持ちは。ドキドキ、なんてもんじゃないよ。だって心臓が今にも胸から飛び出しそうだもん。ドキドキ、なんてそんな生易しいものじゃない!

あうあう、と言葉を忘れた子みたいに、口を開閉して戸惑うわたしに、にやりと意地悪な笑顔をした繋心がわたしの手に閉じた少女漫画を戻して一言



「これ、結構使えるんじゃねえ?」


「な、なななな!」



そう言い残して、さあ店仕舞い店仕舞いと言って立ち上がり、二人きりの空間を出ていってしまう繋心の背中。二人きりから一転一人きりの店内。取り残された、わたしの手に少女漫画



「繋心のばーか。」



頬を膨らませて、一言。この漫画読んだって言ったじゃん。



「嘘吐き。」



ぽつりと呟いた言葉。当たり前のようにあった気持ち。だから、今まで、繋心に言われるまでわからなかったんだ



「好き。」



机に突っ伏して言った言葉。一人の教室に静かに響いて、少女漫画に吸い込まれていった。



当たり前のようにきみに恋をしていた。
息を吸うように、当たり前に。


(何ニヤニヤしてんだよ。キモいな。)
(繋心がわたしを好きだったなんて!)
(少女漫画の台詞だって言ってんだろ。)
(あー、はいはい。左様ですか。)
(お前なあ。)


頭を小突かれて、脳がくらくら。何をするんだ!と見上げた先にあったきみの顔。ドアップ。今まで以上に近くにある顔。心臓が止まりそうになるわたしの鼻ときみの鼻がぶつかって、次いで、唇に押しつけられる柔らかい感触。え?と声を発することも出来ずに、目を見開いて、石化。ゆっくり離れていくきみの顔。ぱちくりと瞬きをするわたしの顔を見て、「面白え顔だな」と笑う。何も変わらないはずだった、わたしときみの関係。でも、一歩踏み出していいのだろうか。どうだろうか。迷って数秒。少し頬を染めたきみが目に入って、どうしようもなく、わたしはきみの手を握り締めた。

あとがき
気付いたら恋、みたいな。恋の形はそれぞれですね。



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