カフェオレ


どれにしよう、迷う。



「ミルクティー…、いや、リンゴジュースも捨てがたい。待てよ、ココアも。うーむ。」


「これでいいんじゃね?」


「なっ。」


「ほい。」



横から伸びてきた手がぽちっとボタンを押す。がこん、と音を立てて落ちてくる、それ。それが落ちきったのを確認して、横から伸びてきた手が下の取り出し口から、落ちてきたばかりのそれを取り出して、次いでわたしの手に納め、にこりと笑う。ゆっくり手元を見て驚愕した


こ、コーンポタージュ?!なんで喉乾いている今、コーンポタージュ!おかしいでしょ!!ていうか、勝手に決めるとかどういうこと。


許さん、許さんぞ!!そう思ってくるりと振り返って攻撃を仕掛けようとしたけど、なぜか後ろの人物に抱き締められるような形になってそれは敵わなかった。何、どういうこと?!と慌てるわたしを他所に、その人は鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌になりながら、目の前の自販機のボタンをぽちっと押下



「は、はははは離してよ!」


「はいはい、今飲み物取るので待ってくださいねー。」


「いや、待ってくださいね、じゃなくて!」



がこん、と落ちてきた飲み物を取って、離してくれるのかと思いきや、よっとなんて掛け声付きで急にわたしの体が浮く。脳内大パニック。何が起こったのかわからないまま、抱っこされた状態で中庭まで搬送される。すとん、と中庭に備え付けられたベンチに降ろされて、きょとんとしている間に隣の空間がぎしっと音を立てて沈んだ

ふと隣を見れば、プルタブを開けてごくごくと喉を鳴らしながらカフェオレを豪快に飲んでいる。ちらりとこちらを見たかと思えば、「開けられねえの?」なんて言いながらわたしの手からコーンポタージュを奪うとカシュッとプルタブを開けてわたしの手に戻し、「飲めよ」なんて爽やかに笑った


いや、飲めよっていうか!


突っ込みたいことはいっぱいあるんだけれど、何から突っ込んでいいものか。とりあえず落ち着くためにコーンポタージュを一口。余計に喉は乾いたけれど、何これ美味しい



「ちょっと風冷たくなってきたなー。」


「そうだね…って、そうじゃなくて、おい!」


「んあ?何だよ。」


「何だよ、じゃなくて!何だ、これ!」


「コーンポタージュだろ。」


「そうだね、コーンポタージュだね。じゃなくて。そんなの知ってるよ、馬鹿!」


「じゃあ、何だよ。」


「わたしが言いたいのは、何で勝手に黒尾がボタンを押したのかっていうことと、なんでこんな状況になってるかってこと!」


「なまえが悩んでたから決めてやったんだろ。感謝してくれてもいいんですよ?」


「できるか、阿呆!」



感謝してくれてもいい、なんて言って、さも良い仕事しましたみたいな態度で親指を立てるもんだから、黒尾の鳩尾にグーパンを一発。ぐえ、なんて潰れた蛙みたいな声を上げて蹲る黒尾。見事良い感じに決まったらしい。いい気味だ、本当

ずず、とコーンポタージュを啜って、沸き起こってくる怒りを何とか静める。せっかく昼休みに優雅にティータイムでも、なんて思っていたのにそれを潰された罪は重いが、今ので勘弁してやろう。コーンポタージュが意外にも美味しかったからね、うん



「なまえ、お前、もうちょっとお淑やかにできねえのかよ!」


「黒尾相手じゃ無理だね。」


「んだと、てめっ。」


「海くんとかが相手なら考える。」


「何だそれ!」


「そういうことだ、ばか。」



ふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向けば黒尾が、「何だよ」と低く唸って頭を掻く。そんな風に威嚇しても別に怖くないもんね


だって海くん、優しいもん。


誰にでも優しいし、穏やかだし、意地悪しないし。マネージャーのわたしのことも色々気遣ってくれるもん。でも、黒尾はそうじゃないじゃん。胡散臭いし、なんか厨二病っぽいし、こうやって意地悪ばかり。そんな黒尾に女の子女の子したところで何もないじゃんか

あ、でもやっぱりちょっと言い過ぎちゃったかな、なんて思って見上げた先の黒尾の不機嫌顔。何その顔。膨れっ面なんてちょっと可愛いじゃん。まあ、不気味が勝っているが、なんか黒尾が可愛かったのでそっとその膨れた頬に手を伸ばして指でぐりぐりして差し上げた



「何してんだよ。ていうか、痛え。」


「いや、だって、つい。」


「ついって何だよ。痛えし。」


「なんか黒尾が可愛かったから。」


「可愛いって何だよ。」



「むきになっちゃう、そんなところが可愛いんだよ」と言うと「うるせえ」と言って、わたしの髪をぐちゃぐちゃにする黒尾。「ひどい!」と慌てて髪の毛を直すわたしを見て黒尾が大笑い。お腹なんて抱えちゃって腹立つことこの上ない



「まだ授業あるのに…!」


「部活もあるぜー。」


「ケープで固めたのが仇になった…戻らぬ。」


「その髪型なまえによく似合ってるな!」


「ニヤニヤしながらそれを言うか!」



もう、と唇を尖らせながらぐちゃぐちゃになってしまった髪の毛を何とか整える。まだ少し、ところどころだけれど、直ってない。まあ、いいや。これくらいなら爆発していたさっきの髪型よりは全然いいもん

すっかり冷え切ってしまったコーンポタージュを飲み干す。缶だから上手くコーンが飲めなくて結構残っちゃった。少しもったいない。だから缶のコーンポタージュって飲まないんだよなあ。あ、でもたまに飲むとすごくおいしいんだよね

もうすぐで昼休み終わるなあ…結局優雅なティータイムじゃなくなった。



「なまえ。」



これも黒尾のせいだ、なんてぶつぶつ文句を漏らしながら、次の授業は何だっけ、とかぼんやり考えていたら、隣から声が上がった。名前を呼ばれて黒尾の方を見た瞬間、唇が何かにぶつかる。黒尾とわたしの間に距離がない。目をぱちぱちと何度も瞬きさせて、やっと脳が現状の処理をし始めた



「んんっ。」



何かに唇が触れてる?とか思っている間に口の中に流れ込んでくるほろ苦くも甘い液体。まだ現状の処理が終わっていないのに、次から次へと起こる不測の事態に脳がパニックを起こした。言葉を紡ごうにもくぐもった声にもならない言葉しか紡げなくて



「カフェオレが飲みたかったんでしょう?これでいいですか、お嬢さん。」



ゆっくり離れて、黒尾とわたしの間に距離ができた。にやりと笑ってカフェオレの缶を片手でゆらゆらと揺らしながらそう言った黒尾。「優雅なティータイムになりました?」なんて言われて、かあっと顔に熱が一気に集中していく



「く、くくくく、黒尾の馬鹿尾ぉぉぉお!」


「ちょ、おま、声でか!ていうか、馬鹿尾ってなんだよ!!しかも痛え!!」



手に持っていたコーンポタージュの缶を黒尾にぶつけて廊下を全力疾走。走ってできた少し冷たい風が火照った頬に今は心地が良い。何が優雅なティータイム、だ。馬鹿だ、黒尾は馬鹿だ。もう馬鹿尾だ。馬鹿バカばか



「優雅以上のティータイムじゃ、ボケェ。」



まだ変な感触が残っている唇を押さえて小さく呟いたわたしの情けない言葉。一人の廊下に響いてどうしようもなく幸せを噛み締めちゃってるわたしも黒尾馬鹿なお昼のティータイム



口に残るはカフェオレの味。

甘くて、ほろ苦い、複雑な味わいがきみとよく似てた。


(クロ、今のは良くないと思う。)
(覗き見なんてエッチね。)
(……うわあ。)
(目に見えて引くのやめろよ。傷つく。)
(傷つく心はあるんだ…。)


まだ口に残るこの味。意識してしまい鏡なんて見なくてもわかる真っ赤になる顔。授業に集中できないし、少し違うことを考えようと、ふと窓の方に目をやれば、ばちり、と窓際の席にいるきみと目が合う。きみの顔を見て思い出してしまった先程の出来事。せっかく少しは薄れてきていたのに、濃くなっていく口の中のこの味。先程よりもずっと甘味が増している気がする。顔が段々と熱を帯びていく感覚。いかんいかん。授業に集中しないと!心を無にするんだ!!なんて必死で数学の教科書に向き直ろうとしたのにわたしの目は勝手にきみを捉えて離さず、わたしの顔を見てニヤリと笑う、きみのその顔にどうしようもなく病み付きになってしまった可哀想なわたし

あとがき
たまには黒尾も書いておかないと!好きな子には少し意地悪をしてそう。



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