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広い敷地にも拘らず中はがやがやと活気に溢れている。家電量販店ってなぜか意外と人が集まるものなのよね、と行き交う人をするすると避けながら向かうは調理家電が並ぶコーナー。生活に必要な家電が全くないところからのスタートなので、基本的に新品を買うことに。出費はかなり痛いが必要な物から買っていき、給料が出たらまた改めてちょこちょこ買い揃えようと心に決め、財布を握り締めてやってきたのである

今回買うのは洗濯機に冷蔵庫、電子レンジだ。テレビも欲しいところだが、娯楽は一旦後回しだ。絶対必要な物ではないし。生活の基盤は食事と睡眠。食事を豊かにしておけば多少の娯楽がなくとも心は豊かになるし、という思いから電子レンジを真っ先に購入するに至ったのだ。ちなみにベッドやら布団などの寝具、テーブルなどの家具はネット注文をした。今の時代の便利さに舌を巻く



「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」


「あ、すみません。電子レンジを探しているんですが。」


「電子レンジですね!こちらです。」


「ありがとうございます。」



調理家電コーナーと言っても、大型家電もあるので面積が広く、お目当てのものを探すのにキョロキョロしていると店員さんに声をかけられて案内してもらうことに。丁度、どういった物が良いか聞こうと思っていたのでグッドタイミングといったところだ。案内された電子レンジコーナー。電子レンジと一口に言っても、オーブンレンジなど多機能に渡る物や本当に電子レンジとしての機能しかない物まで様々だ。多機能な物は当たり前だが値段が高い。しかし、良い物から見せてもらうと、電子レンジとしての機能しかない物はやはり物足りなさを感じてしまい、店員さんの売り文句もあり、かなり悩む


電子レンジだけに3万も出せないけど…。


だけど、料理は生活の基盤を担う。飛雄と暮らしていた時もオーブンレンジは大活躍していた。まあ、冷食などを温める程度なら電子レンジ機能だけで事足りる。飛雄といた時みたいに何から何まで手作りする必要はないのだけれど、元々料理をするのは好きだし…とぐるぐる思考回路。なかなか決めきらず、唸りながら悩んでいると店員さんもいつの間にか「何かあればお声がけください」とニコニコ笑顔を残して行ってしまった。見放された感を感じながら、電子レンジとオーブンレンジの間に立って腕を組み、機能を比べたところで意味がない。それはわかっているがついつい比べてしまう。予算と現実の数値に愕然としながら、これでいいか、とオーブンレンジの札を手にした



「これより、同じ値段ならそっちの方がいい。」


「ひいっ。」



にゅうっと背後から伸びてきた腕。頭上から最近聞き覚えのある声が降り注ぎ、ギョッとして後ろを振り返れば、相変わらずのマスク姿でわたしを見下ろす佐久早さんがいた



「何、人を化け物みたいに。」


「あの、え、あの、びびびっくりした!驚かさないでくださいよ!!心臓が口から飛び出るかと思いました!!」


「そんな芸当ができる人間がいたら見てみたいけど。」


「確かに…じゃなくて、なんだこのデジャヴ。なぜ、ここにいらっしゃるのでしょうか…?」


「オーブンレンジなら同じ値段でこっちの方が多機能。」


「え、あ、はい。ありがとうございます…。」



そして相変わらず人の話はスルーするらしい。なぜここにいるのかというわたしの問いは見事にスルーされ、そして佐久早さんオススメの商品の札を渡される。確かによく見ればわたしが取ろうとしていたオーブンレンジより機能が豊富で、スチーム調理ができるタイプの物。素直にそれを受け取ると心なしか満足そうに頷く佐久早さん



「それで、あの、なぜここに?」


「別に、何も。」


「…そうですか。」


「元影山さんは、何しにきたの。」


「何ですか、物凄く嫌なその呼び方は。」


「間違ってはいないだろ。」


「いや、そうですけども。」


「おれはあんたの名前知らないから。」


「えっと、都築です。」


「下の名前は。」


「なぜ下の名前も…真緒ですけど。」


「都築真緒さんは何しにきたの。」


「まさかのフルネーム呼び?!」



何なの、この人。よくわからない思考回路の持ち主なんだけど!


不思議ちゃんに近いよくわからなさを持っていて、とっつき難い。関わると疲れそうで、早く冷蔵庫と洗濯機を見て帰るためにここは適当にやり過ごして、早々に別れようとフルネーム呼びに対してこれ以上無駄に突っ込むことはやめて、端的に「新居で使うので」と答えれば、何故か興味深そうに「引っ越したの?」とだけ聞いてくる。そこまで教える必要があるのだろうか、と思いながらも「そうですね」と端的に頷けば、「ふーん」とだけ返ってきた。先日も思ったのだが、質問しておいてその反応はどうなのだろうか…

では、これでと言わんばかりに、頭を何度か下げて早々に立ち去ろうとすると、なぜかがっしりわたしの腕を掴む佐久早さん。何か用でもあるのかと尋ねれば、ないと答えられ、では、この手は何なのだと視線をやってもスルーされて虚しい抵抗と化した



「えっと、あの。」


「あと、何買うの。」


「え?えー…。」


「何。」


「何かの拷問ですか…?」


「は?」


「イエ、ナンデモアリマセン。」


「都築真緒さんと違っておれは暇じゃない。」


「失礼な!わたしだって暇じゃないですよ!」



確かに、この後予定があるわけではないが、暇だと言われるのは心外だ。ていうか、暇じゃないとか言うなら、さっさとお帰り頂いてもらってもわたしは一向に構わないんですけども

そんなわたしの思いは露知らず、がっしり掴んだ手はそのままで。オマケに早く答えろと言わんばかりにずいずいと近寄ってくるもんだから、堪らず「冷蔵庫と洗濯機です!」と答えると「うるさい」なんて一蹴され、ギリギリと歯噛みしてしまった。最近歯噛みすることが多くて歯医者の定期検診で歯の擦り減りを指摘されそうだと溜め息を一つ。溜め息を吐くわたしを他所に、掴んだ腕をずるずると引かれて、案内される冷蔵庫コーナー。「何リットルのがいいの」と聞かれ、「単身なんで150リットルぐらいですかね」なんて律儀に答えてしまう自分に嫌気が差した



「少し値が張るけど、霜取り機能はあった方がいい。」


「はあ。」


「都築真緒さんは料理するだろうから200リットルぐらいあってもいいと思うけど。」


「あの、佐久早さん。」


「何。」


「家電オタクなんですか…?」


「失礼だな。」


「あ、すみません。」



人には散々失礼を働いておいて、何を。とか思ったが、それは胸の内にしまっておくことにして。どうやら、家電選びを手伝ってくれているらしい。それに、本来店員さんに相談しようと思っていたことを佐久早さんが聞かなくても教えてくれちゃっている。なんてお節介な、とも思ったが、これはこの人なりの親切心なのだろうと突っ込むのも面倒だし素直に受け止めることにした



「色はどうする。」


「白か黒が無難ですよね。」


「ダークブラウンもある。」


「あー、それ良さそうです。」


「じゃあ、これだな。」


「はい。」


「次は洗濯機だな。」



冷蔵庫の札を手に取って、次は洗濯機コーナー。これまた色々な種類があり、縦型とドラム式でまず分かれて、乾燥機付きの物など機能も様々だ



「縦型とドラム式ってどっちがいいんですかね…。」


「服の傷みが少ないのはドラム式。あと節水するならドラム式の方がいいけど、乾燥機を使用する時の電気代は縦型の方が少し安く上がる。」


「へえ。」


「泥汚れとかの固形汚れでは縦型の方がいい。まあ、都築真緒さんは子供がいるわけでもないし、ドラム式でいいと思うけど。」


「じゃあ、ドラム式のにします。」


「じゃあ、これがオススメ。」


「あ、はい。」



どうしてそんなに詳しいかはわからないが、店員さん以上に親身に説明してくれるもんだからつい聞き入ってしまった。あれよあれよと決まった冷蔵庫と洗濯機の札を手にレジへと連行され、お支払い。カードで払って、保証やら何やらは佐久早さんが代わりに応対してもらってなんだかんだ助かってしまった

わたしの用事は終わってしまったけれど、佐久早さんはここに用があって来ているわけで。暇じゃないとか言ってたし、これ以上佐久早さんの時間を奪ってお邪魔してしまうのも申し訳ないので、そろそろお暇しようかなと声をかけようとして被さる言葉



「あの。」


「お礼。」


「……は?」


「お礼にコーヒー奢って。」


「はあ。」



お礼を強要される始末。しかしながら、助かったのも事実なので、仕方ないなあ、と溜め息を一つ吐いて、「いいですよ」と笑えば、佐久早さんも少しだけ笑って、「怒ってる顔も面白いけど、あんたのその顔も面白い」なんて言った。どういう意味だ、それは!



腕を引かれるままに。
ついて行ってみるのも悪くない日曜日。


(ところで、今日はなぜここに?)
(ドタキャンされた。)
(え、彼女とかですか?)
(違う、古森に。)
(……誰。)


コーヒーを啜りながら、さも知っていて当たり前とでも言いたげに告げられた名前に首を傾げれば「従兄弟」と簡潔なお答え。なるほど、ドタキャンされたから付き合ってくれたのか。あまり深くは突っ込まないが、暇じゃないとか言っていたくせにと思ってしまったのは胸の内に秘めておこう。なぜか佐久早さんと向かい合わせでコーヒーを飲んでいることに違和感。昨日の引越し挨拶と相まって妙な休日続きになってしまったな、と頬を掻く。佐久早さんと共通の話題があるわけでもなく、当たり前のように沈黙。コーヒーを啜る音だけが響いて心なしか、いや、かなり気まずい。何か共通の話題でも、と頭の中でキーワード検索するも何も思い浮かばない。そんなわたしを見兼ねてか佐久早さんがじとっとわたしを見つめながら「この後、6台目の加湿器を見に行くから付き合って」と。それはちょっと遠慮したいかな、と笑って断る日曜日の昼下がり。

あとがき


こだわり強そうな佐久早。家がカビそうな勢いで加湿器とかいっぱい持ってそう…



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