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「まだ寝てるか。」



お粥を置いたお盆を手に、宮さんの部屋へお邪魔して、少しだけ開けた寝室のドアの隙間から覗けば、まだ寝息を立てている


仕方ない。もう少し寝かせて、後でお粥と薬だな、うん。


寝室にお粥を置いておくわけにもいかないので、ひとまずリビングへ持っていき、テーブルの上に置く。ここにアイス枕や体温計はあるのか、部屋を一瞥してみたが、体温計は見当たらない。家主が寝ている間に物色するのも悪いなと思いつつも、とりあえず冷凍庫の中を見てみたがアイス枕もない。病気したことないのかしら…と思案しながら、ないものは仕方ない。自分の部屋から持ってこよう、とだいぶ重たくなってしまっていた腰を上げて再度宮さんの部屋を後にする

自分の部屋に戻り、体温計にアイス枕、まだ残っていた冷えピタなどを一まとめにトートバッグに突っ込んだ。ゼリーやヨーグルト、栄養ドリンクなども買っていたので、それらもまとめてビニール袋に入れ、トートバッグにまとめると宮さんの部屋へ戻る。一応寝室のドアをノックしてみるが特に反応はなく、そっとドアを開けて中へお邪魔します。そろりと足音を立てないように近づき、ベッドで眠る宮さんを見れば寝息を立てていることを確認した



「えーっと、まずはアイス枕ね。」



タオルでくるりと巻いて、眠る宮さんの頭を持ち上げ、アイス枕をスッと下に潜り込ませる。頭を持ち上げた時に少しうなされていたが、すぐに規則的な寝息を立てて、ホッとした



「汗、拭かないと。というか、着替えないとまずいなあ。」



先程抱き留めた時に感じた湿っぽさ。汗でぐっしょり服が濡れていた。暖かくしないと良くなるものも良くならない。どうするか、逡巡する。今ここで脱がして汗拭いて、着替えをわたし一人でできるのか?というか、してよいのか…気を許すなと、言われたし、なんて


飛雄は風邪なんて、ほとんど引かなかったからなあ。


そもそも引かせなかったし。だから、病人の看病なんて久しぶりでどうするか、迷う。もしこれが飛雄だったら、別に遠慮はいらないし、身ぐるみ剥いで、汗拭いて、着替えさせるんだけど、宮さんとはそういう関係ではない。だけど。



「…わたしの裸見たんだから、おあいこだな、うん。」



そうだ、そう言えば、この人は昨日わたしの服を無理矢理捲って裸を見たんだから、わたしが見たって別にいいかなんてとんでもない理屈に辿り着いた。だから、何も後ろめたく思う必要はない。大体このまま放っておいた方が悪くなる一方なんだから仕方ないんだとか自分に言い聞かせて、とりあえず汗を拭くためのタオルを洗面所でお湯に濡らす。寝室に戻り、失礼します、と一言断りを入れてチェストの中から肌着やらスウェットやらを取り出して、宮さんが横たわるベッドへと近づいた



「頼むからそのまま寝ててくださいよー…。」



着替えの途中で起きられたら堪ったもんじゃない。トップスの裾に手を掛け、先程と同じように「失礼しますよ…?」と断りを入れて肌着と一緒に捲り上げる


なんか寝込みを襲っているみたいで嫌だなあ。


そんなつもりはないのに、自分が痴女にでもなっている気分だ。相手は病人だし、わたしもその気はないし、仕方なしでやっていることだが、側から見た時にそう感じてしまう構図に居た堪れなさを感じつつ、宮さんの背中を少し浮かせて一気に脱がせようとしたところで、宮さんの手がわたしの後頭部を捉えて、開かれた胸元に強かに鼻をぶつけ涙目。次いで、頭上に降ってきた声にギョッとした



「あれ…えーっと……真緒ちゃん?」


「いてて……お目覚めですか。」


「え、すまん、あれ、なんで真緒ちゃんがここにおるん?てか、え?」


「あの。」


「もしかして、おれ真緒ちゃんに襲われとる…?」


「ち、違います!阿保ですか!!」


「うべふっ。」



人が折角…!色んな葛藤を経て、宮さんのためにしてやったことを襲ってるだと?!ふざけてんな、畜生!頼まれても襲うか!!


さっさと宮さんの上から退き、服に掛けていた手を避けて、手に持っていたタオルを宮さんの顔面に向けて投げつけてやれば、何とも形容し難い声を発して顔を抑える宮さん。起きたのだったら、さっさとお粥を食べて、薬を飲んでまた寝てもらおうと、お粥を温め直しに立ち上がるわたしの手を急いで掴む宮さん。そして、そのままぐいっと引かれて宮さんの上に倒れ込む。突然のことで数秒石化。次いで、今の状況に気付いて暴れるわたしの体を、熱に侵された宮さんの腕でぎゅうぎゅうと締め付けられて身動きが取れなくなった。病人の癖に力加減がバグってるな!



「いててて。ちょ、ちょっと、何するんですか!本当に病人?」


「真緒ちゃん。」


「わたしの話、聞いてます?」


「…頼むから、行かんといて。」


「は?」


「もう少し、側におってよ。」


「……お粥、取りに行こうとしただけですよ。」


「…うん。」


「はあ…仕方ないなあ。側にいますから、離してください。」


「嫌や。」


「うわ、わがままだ。離してくださいよ、汗臭いんですけど。」


「それはちょっと傷つく…。よっ、と。」


「え、わ、ちょっと!」



掛け声つきで、わたしの脇腹に手を差し込んでひょいっと持ち上げ、宮さんの体に馬乗り状態にされて。何だ、この体勢はと思っている間に背中に回されていた宮さんの腕が、ぐいっとわたしの体を引き寄せて、先程と同じように宮さんの胸元に顔を押し付けるような形で抱き締められる。宮さんの心臓の音が、いやに早く聞こえた


病人の力じゃないよ…!これはまさか仮病か?!


なんて思ったが、ちゃんと、と言ってはおかしい話だけれど、熱い体は熱があることを表していて。それなのに、どこにそんな力があるのか本当に不思議だ。しかも、背中に回された腕がさっきからわたしの体をぎゅうぎゅう締め付けて呼吸が苦しい。何とか離れようと胸元に手をついてぐいぐい押してみるもののビクともしない



「宮さん、い、痛い。離してください。」


「嫌や。」


「いててて。締め過ぎ、締め過ぎ!」


「離したらいなくなるやろ。」


「だから、お粥取りに行くだけだって…。」


「側に、おってよ。」


「…嫌だって言いたくても、これじゃあ動けないですよ。」


「ははっ。夢の中の真緒ちゃんも可愛ええなあ。」


「は?夢の中??」



何言ってるんだ、この人は。熱で脳味噌でも溶けてしまったのかな…。


じっと宮さんを見つめれば、本気で夢の中だと思っているらしい。最初にドアを開けたのは宮さんなのに、どこから夢だと思ってるのかわからず、瞳を覗き込めば、かくんと首を傾げてわたしを見る宮さん。にへら、と毒気の抜けた笑顔を向けられて何だか居心地が悪い。そんな笑い方もできるんですね、とか考えていたわたしの頬に宮さんの手が添えられて、びくりと跳ねる肩



「真緒ちゃん…。」


「な、何ですか。ていうか本当離してっ。」


「なあ。」


「人の話聞かない人だな、本当!」


「ちゅーしていい?」


「ダメです。」


「なんで?」


「何でも。」


「おれの夢やのに、なんでや!」


「だから、夢じゃ。」



夢じゃない、そう教えてあげようとした言葉は、唇にぶつけられた衝撃で砕け散った。頬に添えられた手はいつの間にか、わたしの顎を捉えていて。どうやら熱で力加減がバグっているらしい。口付けから逃れようとするわたしの腰をがっしり掴んで、離れないように引き寄せてくる。頭突きをかましてやろうかと思ったが、相手は病人である。どうしたものか、と思考を巡らせている間に角度を変えて、深くなる口付け。これ以上はまずい、と宮さんの胸を拳でどんどん叩けば、やっと離れる唇。離れた先に見えた宮さんの顔が、熱も相まって上気していて、色気がすごい。刺激の強さに少し頭がくらくら



「あー…あかん。」


「え、何が?」


「ヤりたい。」


「うわあ…すごい。今一番聞きたくない本音だ。」


「くそぉ、ヤりたいけど、体が動かん。」


「本当助かった。そのまま寝てくださ、わ。ちょ、何なんですか、もう!」



本音ダダ漏れの泣き言を言っているかと思えば、わたしの腰を掴んだまま、ぐるんと回転。何が起こったのかわからないわたしの肩口に宮さんが顔を埋めて。次いで、耳元に聞こえた規則的な寝息



「ちょっと、これどうするんですか…。」



抱き竦められてピクリともしない体。触れられた唇を力任せに拭って、はあ、と深い溜め息を一つ。こうなっては仕方ないと早々に諦めて、目を瞑り、無意識に宮さんの呼吸に合わせると、段々と意識が遠のいて、ぷつりとブラックアウトした



熱に浮かされた世界で
今だけは、と少しだけ、目を瞑ってあげたんだ。


(ん…。)
(あー…え?)
(……ふ。)
(あれ、えっと、え、何、なんで、真緒ちゃん?!)
(ん………。)


がたりと揺れたベッドの振動で脳が再起動を始める。ゆっくり起動して、覚醒。目の前になぜか宮さんの顔。手の甲で口を覆い、目をぱちくりさせて、その顔が妙におかしかった。どうやら、一緒に眠りこけてしまい、深夜2時。変な体勢で寝ていたから、体中が痛い。腰に腕が回っていないことを確認して、サッとベッドから抜け出す。伸びを一つして、宮さんに「お粥食べれますか?」と聞けば、「え、あ、はい」と戸惑ったような返事が返ってきて、ああ、やっぱり覚えてないのね、と肩を竦めた。それを見た宮さんがハッとした顔でわたしに「あの、ヤってしまいました?」なんて馬鹿みたいなことを聞いてくるもんだから「やっぱり熱で脳味噌が溶けちゃったんですね、可哀想に」とだけ。余計に混乱した宮さんが頭を抱えている姿に少しだけ溜飲を下げて、お粥を温めにキッチンへ踵を返した。

あとがき


そろそろ影山を出そうとずっと思ってるんです…本当に思っているんですよ……。



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