03




「あー、部活ねえとなんか締まらへんな。」


「せやなあ。」


「とか言いつつ信介、自分最近すぐ帰らん何やと放課後どっか行ってるやん。バレー部に顔出してるわけちゃうやろ?」


「ああ、まあ、そうやな。ちょっとな。」


「それと、何やこれは。」


「チョコレートや。」


「それはわかってんねんけど…チョコレート、好きやったっけ?」


「いや、別に。まあ、嫌いではない。」


「…でも、それは好きなんやな。」


「は?」



騒がしい昼休みの教室。机の上にお弁当を広げながら、練と他愛もない会話。お弁当の中を突きながら、今日の卵焼きは美味しいな、なんて思っていると、急に練に指摘されたチョコレート。机の端に鎮座しているそれを指差しながら、放られた言葉たちが理解できず、首を傾げる。そんなおれを見て練は笑いながら「最近は焦げ臭くないんやな」と言った


確かに、最初の焦げ臭いチョコレートよりは食べられるもんになってきたな。


最初の方は湯煎で焦がしていたからな、うん。そして、失敗作も成功作も捨てるわけにはいかず、大量のチョコレートを何故か南川さんと分担して胃の中に収めている。机の端に置いているのは化学科教室で南川さんの手によって溶かされたり固められたそんなチョコレートたち。お弁当を早々に食べ終えて、全然減らないチョコレートを一つ摘まみ、口の中に放る。ビターチョコレートのほろ苦さが口の中に広がって、何とも言えない気持ちのまま咀嚼した



「それ、一つくれや。」


「あかん。」


「何でや。」


「おれのやから。」


「たくさんあるやろ。一つぐらいええやん。」


「あかん。」


「……そんな食べられたくないん?」


「そんなことあらへんけど。」


「じゃあ、一つぐらいええやろ。」


「…まずいで、これ。」


「ホンマか。」



人が作ったものをまずいと言うのに少し気が引けながらも、口にした言葉に練がチョコレートに伸ばしていた手を引っ込めて、「なら、ええわ」と言っておれを見ながら笑う。何だその顔は、と思いながらも突っ込むと面倒そうな感じがしたので、口を噤んで、まだまだたくさんあるチョコレートに手を伸ばして、一口。やっぱりミルクチョコレートは甘すぎる



「そや。今日は侑たちの様子、見に行くやろ?」


「え?なんかあるん?」


「何もあらへんけど、たまには顔出さへんとな。締まらんやろ。」


「せやけど、もう新しいチームなんやから、あんまちょっかい出したらあかんで。先輩がいつまでも顔出してたらやりづらいやろ。」


「でもおれたちのいない新チームがどんな感じか気になるやろ?」


「大丈夫やろ、あいつらなら。双子が暴走しても、角名おるし。」


「せやけど。今日信介や赤木たちと顔出しに行くって侑たちと約束してん。」


「何で勝手に約束してん。約束したんやったら、行かなあかんやんか。」


「なんか用事でもあったん?」


「ん?何でや。」


「何や、行きたくなさそうやったから。放課後どっか行っとるんと関係しとるんか?」


「…そんなことあらへんよ。放課後も別にどこも。」



とか練には言いつつも、頭の中で浮かんだのは、化学科教室でチョコレートと格闘する南川さんの姿。今日もきっといるんだろうな。がらりと化学科教室を開けた向こうに、広がる不思議な光景を思い出し、思わず、くすり、と笑みが零れる。思わず笑ってしまったおれを見て練が不思議そうな顔で「何や気持ち悪いな」と言ったがスルーした

ふと、練に言われた「行きたくなさそう」という言葉を思い出し、顎に手を当てて巡る思考。別に、部活に顔を出すのが嫌なわけではない。ただ、もう向こうは新しいチームで走りだしているし、何となく、顔を出しづらい。先輩がいたら、やりづらいだろうし、なんてもっともらしい言い訳を用意してみたりして


今日は、行けなさそうやな。


部活の方に顔を出す、ということは終わりまでいるということになるだろう。練習に参加するとなるときっと、19時以降になる。そんな時間まで残っているわけがないし、南川さんも待ってはいないだろう。そもそも約束しているわけでもない。おれが毎日勝手に通っているだけだし。だから、別に気にする必要がないってことはわかっているけれど、何だろうか。この胸に巣食う何とも言えない感情は。訳のわからないまま、この気持ちを誤魔化すかのように机の端に鎮座するチョコレートをまた一口。酷く焦げ苦味の強いその味が何だか不思議とおれの口にはよく合っていた



***



「北さん、ほんまに来てくれるなんて。」


「練に約束した言われたしなあ。」


「もう引退して1ヶ月も経つのに腕鈍ってなくて安心しましたわ。」


「それはどうやろなあ。」


「北さん、この後どうします?」


「どうって?」


「銀やアランくんたちと飯行こって話してたんすよ。勿論、北さんも行きますよね?」


「あー…うん、せやなあ。」



ちらりと見る体育館に設置された時計の針。時間は丁度19時を越えた辺りを差している。この時間だともう##NAME2##さんはいないだろう。何故だろうか。何か、違和感。ここ最近あそこに毎日通っていたから、日課にしてしまっていたから、だから。だから、こんな変な気持ちになるのかもしれない


何や、疎外感、なんて。


新しいチームになっても、バレー部の面々は可愛い後輩たちであることには変わらないし、大切な場所であることも変わらない。それなのに、おれがいた時のチームではないと思うとやっぱりどこか違和感を感じてしまって。「行くぞ」と練がおれの肩を叩く。足が一歩、進んで、それ以上進まない。振り返る練が「どうした?」と言っておれの顔を覗き込む。顎に手を当てて、しばし逡巡。脳裏を過った姿。そして、顔を上げて練に「すまん、おれちょっと寄るとこあんねん!」と言って、踵を返す



「ちょ、寄るとこって着替えもせんとどこ行くん?!おい信介!!」


「すまん、先帰っとって!」



練の声を背中で聞きながら、制服に着替えることもせずに、肩に掛けたジャージを翻して、自然と進む足。だいぶ動いたし、汗臭いかも。着替えた方が良かったかも。でも、何となく急く気持ち。それに比例して動く足が向かう先。今のおれを知った人が見たら、何事かと思うだろう。人の少ない廊下をただ一人馬鹿みたいに焦って、ずんずんと廊下を駆け足で進めば、見えたプレートに刻まれた見慣れてきてしまった文字。少しだけ開いた扉の隙間から漂ってくる甘くて香ばしい匂い。がらり、とそこを開いてみれば振り返る顔



「あ、北くん。どうしたん?今日は随分と遅かったんやね。」


「##NAME2##さん。」


「はは、息を切らしてどうしたん。そんな急いで来たん?北くんってば変やねえ。」


「せやね…あ、はは。##NAME2##さんこそ、まだやってたん?」


「残念。今日はもう店仕舞いやでー。」


「……そうなん。」


「あ、そうそう。今日はな、昨日よりは上手くできたと思うんやけど、どうやろ!はい、どうぞ。」


「ああ。」



はい、と言いながら渡されたひどく甘い、甘い匂いを放つそれ。ああ、やっぱりここは、何故かひどく暖かい。



きみが貼り付いたぼくの居場所
静かに、変わっていく時間の中で、いつの間にかそこに辿り着いていた。


(で、これは何なん。)
(えっと…前と同じ、トリュフチョコ、やねんけど。)
(……硬い。)
(そ、それは、柔らかいガナッシュチョコをコーティングチョコで固めているから、で、その。)
(………硬い。)


歯が折れるかと思えるほど硬いトリュフチョコ。何だこれは、という目で見れば、しゅんとした顔で「トリュフチョコのはず、なんやけど…え、トリュフチョコやんな?」と自信なさげに答えるきみの姿。「どうしてチョコレートでコーティングしてこうなるんや」と問い詰めれば、もごもごと反論をし始めるきみ。次いでは「そんなに硬い硬いって言わんでもええやん!チョコやって固めれば硬いんや!」なんて逆切れをしだす始末。その一連の流れが妙にきみらしくて、可笑しくなった。いつも通りの反応、なんて思えるほど、おれはここに馴染み始めているのだろうか。ただ、思う。ここはひどく暖かくて、部活を引退して何となくぽっかりと空いた穴を埋めてくれる気がした。きみがいるここは。


大耳さんとのやり取りが書きたかっただけなんだけど、どんな感じがわからんまま書いてしまいました、ごめん。



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